日本に存在する貴重なプロドライブ製レガシィRSはニュージーランドのスバル使いポッサム・ボーンのグループAマシン!
スバルがイギリスのレーシングコンストラクター「Prodrive(プロドライブ)」とコンビを組んでWRC(世界ラリー選手権)にワークス参戦を開始したのが1990年。その際に投入されたのが、当時、スバルが起死回生のクルマとして開発したレガシィ、そのトップグレード「RS」だった。以来、レガシィRSは1993年にワークスマシンがインプレッサWRX(ホモロゲーション名:インプレッサ555)に切り替わるまで、主戦マシンとして使用されたばかりでなく、ワークスチーム以外にも供給された。このグループAレガシィもそんなプロドライブ製の1台である。 【画像】プロドライブ製グループAスバル・レガシィRS。
レオーネの伝統とインプレッサの栄光をつなぐ架け橋
スバルのWRC挑戦は1980年のレオーネ・スイングバックによるサファリラリー出場が嚆矢となる。以来、スバルはサファリラリーを中心に1989年までレオーネシリーズでWRCを戦った。 しかし一方で1980年代のスバルの業績は芳しくなく、1989年にリリースしたレガシィは起死回生を目指す渾身の1台だった。そして、10万km速度記録達成のニュースと共にはなばなしくデビューしたレガシィの高性能をアピールする次なる場として選ばれたのがWRCなのである。 これまでのセミワークス的な体制からプロドライブとのジョイントによるワークス体制に移行し、レガシィを本格的なグループAマシンとして開発。1990年のアクロポリスラリーで実戦投入された(先んじて同年のサファリラリーに群馬製のグループAマシンがWRCデューを飾ってる)。 苦難の末に1993年ニュージーランドラリーで悲願の初優勝を果たし、主戦マシンの座をインプレッサWRXに譲るのだが、同年はAPRC(アジアパシフィックラリー選手権)の主戦マシンとして同シリーズをワークス体制で戦い、チャンピオンマシンとなっている。 その後、長く続くインプレッサWRXの活躍はすでに語り尽くされているが、1980年代のレオーネよるWRC挑戦と1990年代後半から2000年代初頭におけるインプレッサWRXの栄光を繋ぐマシンこそレガシィであると言えるだろう。
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