「レコード大賞歌手」から1曲1000円の「ゴールデン街の流し」へ 彼女が選んだ意外な人生
「一曲いかがですか?」 ギターをかついで飲み屋街をさすらい、客のリクエストに応えて歌や演奏を披露する人がいる。「流し」と呼ばれる人々だ。 【写真】メジャーデビューしていた90年代当時のBe-Bさん。2006年、音楽活動を再開した後のBe-Bさんなど 全盛期だった昭和には、新宿だけで数百人の流しがいたとされるが、カラオケの普及などさまざまな要因で激減。現在はなかなか見かけない存在になっている。 そんななか、新宿ゴールデン街で活動する唯一の流しが、Be-B(ビービー)/和泉容(いずみよう)さんだ(2つの名義で活動。本記事ではBe-Bに統一)。
メジャーデビューやレコード大賞新人賞受賞など、ミュージシャンとしてそうそうたる経歴を持つBe-Bさん。なぜ流しになったのか、流しとしてどのような日々を送っているのか、取材した。 ■現場で歌うことが歌手にとって原点 22時過ぎ。カウンターだけの狭い飲み屋に、ボン・ジョヴィの曲が響き渡る。Be-Bさんによる引き語りだ。 力強く、静かに、激しく曲が進み、終わると拍手や歓声が巻き起こる。「ヒュー!」「めちゃくちゃ格好いい!」「次はこの曲をお願いします!」と客たちがまくしたて、Be-Bさんは笑顔で「ありがとう! ちょっと待ってね、のど乾いちゃった」と、おごられたジンのロックをぐいっと流し込む。
「じゃあ、いきますね」とギターを構え直すと、空気が一変。ライブの本番前さながらの、つかの間の静寂と緊張感を破り、再び演奏が始まった。 流しが歌う曲は、かつては演歌が主流だったが、Be-Bさんのレパートリーは海外のロックやポップスが中心。日本の歌謡曲にも対応できるが、基本的には「ハードロック流し」と名乗っている。黒で統一された衣装や力強いまなざしからも、ロックシンガーの風格が漂う。 料金は1曲1000円。平均すると週3~5日、21時から朝方まで、1日10~30軒を回って客のリクエストに応える日々だ。
Be-Bさんは2016年から流しを始め、コロナによるブランクを経て、2021年から本格的に活動を再開。今やすっかりゴールデン街の名物として、ベテランの酔客から、流しを初めて見る若者や外国人まで、多くの人々を楽しませている。 1日に5万円近く稼げる日もあれば、数千円のときもある。収入的には不安定だが、それでもBe-Bさんは流しの活動に誇りを持っていると話す。 「流しって、昔は蔑称で呼ばれることもあった芸人なんですが、芸能界のいしずえをつくってきた人たちでもあるんです。戦後のラジオやレコードしかない時代に、譜面を手書きして、夜どおし飲み屋やキャバレーで生演奏をして歌う。そして人気の出た歌手が芸能界を築いていったんですね。歌手にとって原点である、現場で歌うこと。それができているのは本望ですし、胸を張れます」