ニーチェの考えは覆された…人間が「約束する能力」を手に入れたきっかけはまさかの「懲罰」だった!?
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第33回 『現代人は「家畜化症候群」!?…人類が「協調」することで体得してきた進化の“軌跡”とその“弊害”とは』より続く
ニーチェが示した「生来の攻撃性」
懲罰の歴史抜きに道徳の歴史を語れないことは、すでにフリードリヒ・ニーチェも悟っていた。『道徳の系譜学』の2つ目の論文で、良心の呵責―つまり、自分に課した、あるいは他人から期待される道徳的な要求を満たせていないという意識―は、攻撃本能の内向化によって生じると示そうとしている。人が生まれつき有する攻撃性は、人間の社会化が進むにつれて、新たな道を開拓しなければならなくなった。「外に放たれない本能は内へ向かう。これを私は人間の内向化と呼ぶ。内向化により、人の中でのちに“魂”と呼ばれるものが成長する」。 この考えは、欲求が排出されずにたまると、強い圧力を生み、最後にはほかの経路へあふれ出すという、今となっては時代遅れの心理学にもとづいている。 敵意、残忍さ、迫害欲、暴行欲、変化欲、破壊欲―これらすべてが持ち主に向けられる。そうやって「良心の呵責」が生じる。外部に敵も反抗もなくなったため、人は狭苦しい空間と習慣という規則性に押し込められ、焦りから自分自身を引き裂き、追い詰め、かじり、いじめ、虐待する。まるで、檻に体をぶつけて傷つく動物を「飼いならそうと」しているかのように。
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