「この本だけは絶対に訳したい」...「スティーブ・ジョブズならこの人」な翻訳者を釘付けにした伝説の本
翻訳を始めたきっかけ
そもそも、私がいわゆる「出版翻訳」の世界で仕事をするようになったきっかけが、そういう非公認伝記の1冊、『偶像復活』でした。その後、ジョブズとともにアップルを立ち上げた「もうひとりのスティーブ」、スティーブ・ウォズニアックの自伝、『アップルを創った怪物』のほか、『驚異のプレゼン』も翻訳しています。さらに、このニュースが駆け巡ったころには、『驚異のプレゼン』に続く『驚異のイノベーション』が刊行に向けた最終段階に入っていました。 そんなわけで、いろんな意味ですごい人だよなと強く興味を惹かれていたわけです。翻訳者としても、読者としても。 しかも、『iSteve』は、ヘンリー・キッシンジャー、ベンジャミン・フランクリン、アルバート・アインシュタインと話題の伝記を書いてきた大物伝記作家ウォルター・アイザックソンが書くという話です。 さらに、2009年から2年間、ジョブズに密着取材したといいます。表に出す情報をコントロールするジョブズが密着取材を許すとは――驚きです。当然、周囲の人々への取材もじっくりしているはずで、前述の「書きたいのに書けなかったネタ」なども今回は書かれるはず、だれも知らないジョブズの素顔が描き出されるはずです。 そんなことを考えていた4月18日、よく一緒に仕事をしているとある出版社の編集さんから「版権取れなかった。井口さんの訳で読みたい。そのあたり、ちゃんとわかっている出版社が版権を取ってくれたのならいいのだけれど」というメールが入りました。そうか~、あの出版社さんはダメだったかぁ~。あそこならいつものパターンで仕事が進められたんだけどな。
全力で取りに行く姿勢
『iSteve』は著者のウォルター・アイザックソンも大物なら、その著者についているエージェントも米国屈指のやり手です。そして、米国の場合、著者やエージェントの評価はお金で示すものです。だから、『iSteve』は「高い」のです。もちろん、私に連絡をくれたとある出版社さんもそのあたりわかっているから、思い切った額を出したというのですが、「桁が違う」と一蹴されたそうです。 それにしてもどこが版権を取ったのだろう。ジョブズ関連の翻訳なら私を真っ先に考えるという出版社じゃないんだろうな。だったら、すぐ連絡が入るはずだもん。であれば取りにいこう。全力で。 可能性はあると思いました。まず、前述のように、関連本の実績があります。特に『驚異のプレゼン』はこの時点で20万部近いベストセラーになっていました。言い換えれば、私の訳で初めてスティーブ・ジョブズの口調などに接した人がとても多いということです。 まあ、正直な話、翻訳が下手でも原著がよければ売れたりするので、ベストセラーがあるというだけではアピールしづらいのですが、ネットなどでみても、幸いなことに、私の訳はわりあいに評判がよいようでした。私が訳した本は買うと言ってくださる方もいましたし、ジョブズの自伝が出たらぜひ私に訳してもらいたいとネットで書いてくださった方もいました。 というわけで、まずは、『iSteve』の紹介という体裁を取りつつ、版権を取った出版社さんにアピールするブログ記事を書きました。『iSteve』の版権を獲得した出版社の編集さんが読んでくださるかどうかはわかりませんが、とにかく、打てる手はすべて打とうと思ったのです。 ブログは翻訳そのものについて語るもので、2005年から書いてきた結果、プロ翻訳者にはそれなりに知られている存在になっていましたから、読んでもらえる可能性がそれなりにはあるはずです。 『翻訳出版業界の「慣習」がヤバすぎる…『スティーブ・ジョブズ』の一流翻訳家が語る、誰も知らない「壮絶な仕事内容」』へ続く
井口 耕二(翻訳者)