「この本だけは絶対に訳したい」...「スティーブ・ジョブズならこの人」な翻訳者を釘付けにした伝説の本
小説家、漫画家、編集者、出版業界の「仕事の舞台裏」は数あれど、意外と知られていない出版翻訳者の仕事を大公開。『スティーブ・ジョブズ』の世界同時発売を手掛けた超売れっ子は、刊行までわずか4ヵ月という無理ゲーにどうこたえたのか? 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』(井口耕二著)から内容を抜粋してお届けする。 【漫画】頑張っても結果が出ない…「仕事のできない残念な人」が陥るNG習慣 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』連載第1回
「やった。ついにか」
始まりは2011年3月、ネットニュースでした。スティーブ・ジョブズが初めて公認した伝記『iSteve: The Book of Jobs』(サイモン・アンド・シュスター社、以下『iSteve』)が2012年3月に出ると報じられたのです。「やった。ついにか」――そう思いました。実はこの3年近くも前から、ネット友だちのところで、自伝が出たら翻訳を担当したいなと話したりしていたからです。 ジョブズは若いころからマスコミに持ち上げられていて、その際、意に反した取りあげられ方もずいぶんと経験しています。そのため、自分の条件が受けいれられるインタビューや取材にしか応じません。だからでしょう、伝記がすごくたくさん出ているのに、すべて、非公認となっています。 書くのは止められないけど、オレは認めないよ――そういうことなのだと思います。認めないだけならまだしも、近しい人々にも取材に応じるなと厳命していたそうです。だから、ぜひとも書きたいネタであっても、書いてしまえばだれが語ったかわかるものは書くわけにいかず、すごく残念な思いをしたと非公認伝記の著者が語っていたりします。たとえば『偶像復活』で、著者のジェフリー・S・ヤングとビル・サイモンは、次のように嘆いています。 スティーブにも本書への協力を要請したが、断られた。また、友人や部下、従業員が刊行を前提に話をすることに対し、スティーブ・ジョブズが激しい反対を示すため、匿名を条件としておこなわれたインタビューが多く、その結果、そのかなりの部分は背景情報としてしか使えずに終わってしまった。編集室の床に、すばらしい情報が山のように捨てられたのだ。 でも、自伝なり公認伝記なりなら、そういうネタも入っているはずです。ですから、そんな本が出たらぜひにも担当したい――そう思ったわけです。