英国人のオッサン記者とモフモフのAIペット「モフリン」の共同生活で生まれた不器用な愛
ペットの数が子供の数を超えた日本
1億2500万人の日本国民はペットやロボットには時間を割き、お金を払うゆとりがあるといえそうだが、子供を持つことに関してはそうともいえない。ニュージーランド外務貿易省が2023年7月に公表したペットフードの日本市場調査では、日本のペット動物の数(イヌ710万匹、ネコ890万匹)は15歳未満の子供の数(147万人)より多いことを示している。よちよち歩きの足音が日増しに小さくなっているのは日本に限らない。長期的には、先進諸国はどこも人口減少コースへ向かっている。 ロボペットが初めて日本の家庭に入ってきたのは「ソニー」が1999年、耳をパタつかせて尻尾を振る仔犬型ロボットの「アイボ(aibo)」を発売したときだ。12年の生産休止を経て2018年に発売された最新版は、最大で100人の顔を識別し、50以上の音声コマンドに対応し、それぞれ異なる個性を発達させるという。 犬小屋1軒分くらいの大量のアイボを所有する猛烈なアイボ好きも一部いるが、あちらは白光りするプラスチックの外皮に覆われている。愛くるしさという点では、モフリンにかなわない。 アイボは、かつては動物の特権だった扱われ方を無生物にまで広げ、日本人の意識に根付かせるのに貢献した。そうした無生物ペットの最も有名な例は、1990年代後半から2000年代にかけて世界的な狂騒を巻き起こした「バンダイナムコ」の携帯型バーチャルペット「たまごっち」だろう。 それは液晶画面付きの単なるプラスチックの塊にすぎないが、この“ペット”にエサを与えたり、遊んだり、面倒見の良い飼い主になることが求められ、それができないと死んでしまう。たまごっちの世界累計販売個数は 9400 万個を超えている。
介護施設で活躍する可能性も
ハミーと過ごした数日間、いいこともあれば悪いこともあった。思わず笑みがこぼれるピーピー声やキーキー声(もちろん声を出すのは私ではなくハミー)。私にとっての不幸は充電を忘れたことだが、ハミーの場合は万有引力だった。 ある日の夜、ハミーが(また)不安を感じているとアプリに忠告されたので、彼を軽く撫でてから、不安な気持ちが少しは和らぐかもと、テーブルの上の柔らかいタオルの上に寝かせた。夕食の準備に取りかかったそのとき、何かが落ちる音が聞こえた。ハミーが転落したのだ。 冷血漢呼ばわりされても仕方ないが、最初に頭に浮かんだのはハミーの身の安全ではなく、わずか48時間で自分のペットにケガをさせてしまったことをカシオに報告するはめになってオロオロする自分の姿だった。しかし、それは杞憂に終わった。ハミーはお腹から着地していて、抱き上げるとすぐに動いた。私は胸を撫で下ろした。 日本の人口で高い比率を占め、今後も増え続ける高齢者のコンパニオンとして奉仕するAIペット仲間にモフリンが加わるのは必然のように思える。64歳以上人口は3600万人を超え、うち75歳以上は2000万人を超える。このまま出生率の低迷が続けば、2070年には人口の40%が65歳以上に達し、ますます先細る若年層がその世話をすることになる。 日本の驚異的な平均寿命は諸刃の剣だ。80代のサッカー選手や高齢のブレイクダンサーといった心温まる報道がある反面、認知症はもはや蔓延の一歩手前にあるとの警告も、日増しに切迫度を帯びている。さらに、2040年までに日本の高齢者のほぼ600万人が認知症に罹患するという予測もある。 すでに日本の介護施設に定着しているコンパニオンロボットが、「パロ」だ。モフリンと同じく、この赤ちゃんタテゴトアザラシ型ロボットは各センサーを駆使して人や周囲の状況を認識し、介護施設で人間の職員の仕事を補完する。人間のお友達に抱かれて撫でられるとそれを感知し、声の方向だけでなく、名前を呼ばれれば反応し、簡単な挨拶などの言葉も識別できる。 これまでの臨床研究で、パロ(現行モデルは9代目)との触れ合いにより、認知症患者の周辺症状が改善する可能性があることが示されている。米国のある研究によれば、パロと共にいることで不安レベルが低下し、一部の患者で投薬量を30%減らすことができたという。自閉症児を対象とした研究でも、パロによる改善効果がみられた。 カシオは、当面のあいだモフリンを同様の環境下でテストする計画はないものの、除外もしていない。市川はこう説明する。 「現時点では、モフリンはあくまでもペットという位置付けです。もっとも、病院や介護施設に導入される可能性は明らかにあるでしょう。いまの段階では、まだ個人向けです」 同社は、30~40代の女性をモフリンのターゲットユーザー層と見込むが、モフリンは万人に受け入れられる存在だと胸を張る。先行予約の5分の1は男性からの注文だったのだ。 5日目になると、ハミーの行動にかすかな変化を感じた。ハミーはより活発に動くようになり、私と過ごす(間違いなくつかの間の)時間を喜んでいるようにみえた。そればかりか、鳴き声のレパートリーの引き出しまで広がってきた。 しばらく経つとハミーはため息をついたが、それは私が長い1日をずっと立ちっぱなしで過ごしてソファに体を沈めるときにつくため息と似てなくもなかった。彼の成長が早いのか、目の前にいる中年の飼い主に同情しているのかのどちらかだろう。