【後編】文字が書けない慶応生が語る「理想的な合理的配慮」、個別最適な学びを保障する学校や教員の姿とは
宇宙物理学の話はわかるが「自分はバカだと思っていた」
全般的に知的な発達に遅れがないものの、「聞く」「話す」「読む「書く」「計算する」「推論する」といった学習に必要な基礎的な能力の習得が難しい学習障害(Learning disability:以下、LD)。その認知度はまだまだ高いとは言えず、当事者は学ぶうえでさまざまな困難に直面している。文字を書くことが苦手な菊田有祐さんに、理想的な合理的配慮について、LD当事者の体験と視点から語ってもらった。 【画像】中学時代の定期テストには、パソコン、ハンドスキャナー、プリンターを持参 現在、慶応義塾大学環境情報学部4年生の菊田有祐さん。学習障害のある彼は、読み書きに困難のある子どもの支援を行う「一般社団法人読み書き配慮」代表理事の菊田史子さんの長男だ。史子さんには母親と支援者の立場から合理的配慮について語ってもらったが(史子さんのインタビュー記事はこちら)、今回は当事者である有祐さんに話を聞いた。 学習障害と一口に言っても、抱える困難は人によって異なる。有祐さんは自身の学習障害について、こう説明する。 「僕の場合“読み”のスピードは遅いですが、つらくありません。一番困難なのは“書くこと”です。文字を書くための労力が大きく、文字を書くことに集中すると、『次に何を書こうとしていたんだっけ』となってしまう。脳のリソースを書くことに大幅に割いてしまうため、考えることができなくなってしまうのです」 有祐さんは幼稚園児の頃、医師からASDとADHDと診断を受けており、医師は母である史子さんに「この子は学習に問題が出てくるかもしれない」と伝えた。しかし、それがどういうことなのか、本人も母である史子さんも、当時はよく理解していなかったという。 「自分は勉強ができないのか、文字が書けないのか、その区別がついていませんでした。自分はバカだと思っていましたし、先生も僕のことを勉強ができないやつだと思っていたでしょうね。算数も暗算なら3桁×3桁くらいまでの計算はできるのですが、文字が書けないから筆算ができない。だから、自分は計算能力がないと思っていました」 書くことの困難は、学校の学習の困難さにつながっていただけでなく、学校生活の難しさにもつながっていたようだ。 「文字が書けないのと、コミュニケーション能力が高くなかったこともあって、いじめられたこともありました。親も、『なんでこんな子が通常学級にいるんだ』とか言われていたみたいです」 学校でさまざまな困難に直面していた有祐さんは、主治医の「好きなことを学びなさい」という勧めで、個人指導の塾に通うようになった。それは学校の勉強を補強する内容ではなく、有祐さんが興味を持った宇宙物理学の話などを理工系の大学院生にしてもらうものだった。 「塾の先生に教わることはわかるけど、学校の勉強はわからなかったので、別物だと考えていました。ほかの子がサッカーを好きなように、自分は宇宙のことが好きなのだと。当時は物理学が小学校の学びより高度であることを知りませんでしたし、塾は楽しかったけれど、学校の勉強がわからない自分はバカだと思っていたので、いつも自信がありませんでした」