【後編】文字が書けない慶応生が語る「理想的な合理的配慮」、個別最適な学びを保障する学校や教員の姿とは
高校で受けた「理想的な合理的配慮」とは?
有祐さんは「慶応高校では、理想的な合理的配慮を受けていた」と話す。テストのたびに、個別最適な合理的配慮の見直しが行われていたという。 「例えば、僕が国語のテストをパソコンで受けると、予測変換機能があるから漢字は手書きの生徒より有利になってしまう。そのため、僕のテストだけ漢字をなくして80点満点にしようという話が出たのですが、『合理的配慮はそういうことではないんです』と僕が返すと、先生が『合理的配慮に関する知識が足りなかった』と本を一冊読んできてくれたのです。最終的に、僕はまず手書きで漢字テストを受けてから、パソコンで80点分のテストを受けることになりました。こんなやり取りができたのは、学校や先生が『合理的配慮とは何か』を学ぶ気持ちを持っていてくれたから。担任の先生をはじめ、各教科の先生が協力してくださいました」 小学生の頃から自ら学校や教員と交渉を行ってきた有祐さんは、合理的配慮を受けるためのポイントについてこう教えてくれた。 「敵対したり怒ったりせず、建設的な対話を心がけることです。大事なのは、合理的配慮に対するOKを取り付けることなので、一度断られても、いったん言いたいことを飲み込んで次の手を考えること。また、合理的配慮を受けるには、自分から『ここに困っています』と伝えることが重要になります。相手側が『ここに困っているんじゃないか』と予想して決めるのは合理的配慮ではありません。かつての僕のように何に困っているのかわからない場合は、読み書き検査を受けるといいと思います。どの部分にストレスを感じ、困難を抱えているのか、具体的数値で表すことができれば相手を説得する材料になります」
圧倒的に足りていないのは「教員への投資」
高校を卒業後、有祐さんはプログラミングを学ぼうと慶応義塾大学環境情報学部に進学。大学では学びもレポート提出もパソコンで行うため、合理的配慮は受けていないという。そんな彼は洋服に興味を持ち、大学で「ファッション×テクノロジー」による新たな表現を研究する傍ら、アパレルブランドを設立。2022年からコレクションを発表し、2024年に会社を設立した。4年生になったこの4月から大学は休学し、事業に専念している。 大人になった有祐さんは、今の教育現場をどう見ているのか。例えば、GIGAスクール構想によって整備された1人1台端末については、自身の端末活用の経験も踏まえ、こう語る。 「アプリや機能の制限はかけず、自由に使えるパソコンを配ってもらえるといいですよね。社会に出たら目標達成までの過程でパソコンを使っちゃダメとは言われません。学校では、なぜ質の高い学びやパフォーマンスを手に入れるための制限をかけられなければいけないんだろうと思います。能力を培うレギュレーションと能力を評価するレギュレーションは分けて考え、ICTを活用するべきではないでしょうか」 また、現在の日本の教育課題としては、「教育への投資」を挙げる。 「教育への投資が大切だとよく言いますが、圧倒的に足りていないのはその教育を担う教員への投資。僕は教員研修に呼んでいただく機会もあるのですが、半分くらいの先生方が寝ていることも。この現状は問題だと思っています。また、今大学生だからよくわかるのですが、学生にとって教職は就職の保険でしかないんですよね。しかし、教職はもっと“高貴”であるべき。先生方の給与を上げて環境を整え、学び続ける意欲のある教員を集めることが、子どもたちの学びの保障にもつながると考えています」 (文:吉田渓、注記のない写真:菊田有祐さん提供) 関連記事 「学習障害の息子が慶応に合格、母が直面した「合理的配慮」をめぐる過酷な現実」
東洋経済education × ICT編集部