V3へ羽生が抱えるジレンマ
GPファイナルで課題として挙げていた「ルッツとトランジション」も、練習を見る限り、本調子には戻っていない。羽生自身も「修正するための時間と期間がなかった」と言った。 中国杯からの復活初戦だった11月下旬のNHK杯前は、練習メニューの大半が「リハビリ的な内容」(羽生)だったことも明かした。そもそも接触事故後は車いすに座って帰国したことからもわかるように、しばらくは安静を要する毎日が続いた。練習再開はNHK杯のわずか1週間前。並みの選手ならとうてい間に合わないようなところを、リハビリ的な練習メニューだけで試合に出るまでに持ってきたのは、さすが五輪金メダリストというべき驚異的メンタルのなせる業だった。 6枠目に滑り込んで出場したGPファイナルでは、「NHK杯でミスしたことが悔しかったから」と、とことんまで追い込んだトレーニングを敢行。ここでも他の追随を許さない得点で優勝という結果を手にした。 一方で、ぎりぎりの仕上げは、ともすれば反動を生むことがある。今回は羽生自身、「調子には波がある」と話しており、25日の練習では、氷の感触と自分の感覚を調和させていく作業に腐心している様子も見受けられた。4回転ジャンプを後半に持っていくことを自重するのは、現在の状況からみれば自然なことであり、賢明な判断であることは間違いない。 3連覇へのライバルには町田樹(関大)や無良崇人(HIROTA)、さらには台頭著しい17歳の宇野昌麿(中京大中京)らがいるが、ミスのあったGPファイナルで今季世界最高となる288・16点を出して圧勝を飾ったことを思えば、仮に少々のミスが出たとしてもライバルたちが羽生の牙城を崩すことは簡単ではない。ともあれ、羽生がジレンマを感じることがあるとすれば、それは順位ではなく、新プログラムに挑戦できていないということだろう。 4年前の2010年。ここ長野ビッグハットでの全日本選手権で、羽生はSPで『白鳥の湖』、フリーでは『ツィゴイネルワイゼン』の曲に乗って滑り、SP2位、フリー4位、総合4位で大会を終えた。 「(リンクは)4年前と見た目は全然変らない。このリンクで白鳥とツィゴイネルワイゼンをやった。イメージトレーニングしてきた通り。リベンジとかそういうのは全然ない。ただ、今の体の状態と、精神状態と、ここの氷の状態を吟味しながら滑りたい」 忸怩たる思いを言葉ににじませることなく潔く前を向いた羽生。向上心の強い20歳は思いを溜めて、目の前の戦いに集中する。 (文責・矢内由美子/スポーツライター)