【社説】高額療養費制度 負担増でも趣旨損なうな
医療費の自己負担を抑える高額療養費制度について、厚生労働省は見直しを検討している。負担額の上限を引き上げる見通しだ。 高額療養費制度は、誰もがためらわずに必要な医療を受けるためのセーフティーネットである。その趣旨を損なってはならない。 1973年の制度創設から何度も見直されているが、今回は大きな改正となる。 現行は世帯年収に応じ、70歳未満で5通り、70歳以上で6通りの上限額が設定されている。医療機関や薬局への1カ月の支払いが上限額を超えた場合、申請すれば超過額が払い戻される。 70歳未満の平均的な年収区分(370万~770万円)では、月100万円の医療費に対する上限額は8万7430円となっている。 厚労省案は平均的な年収区分の上限額を10%、8千円程度引き上げる方向で、与党と調整して決定する。 住民税非課税の低所得世帯の引き上げは2・7%にとどめ、年収が多い世帯の上げ幅を最大15%とする。 70歳以上で年収370万円を下回る人の外来受診は、自己負担額をさらに低くする特例がある。厚労省はこの見直しも進めている。 実施するのは2025年夏以降で、26年度に年収区分を細分化する方針のようだ。 高齢化が進み、医療費の総額は膨らんでいる。患者の支払いを増やして公的医療保険からの給付を抑え、現役世代の保険料負担を軽減するのが見直しの目的だ。 政府が昨年12月に閣議決定した「こども未来戦略」で、少子化対策の財源の一つとして高額療養費制度の上限額見直しを挙げた経緯もある。 世帯収入に応じて負担を分かち合う措置はやむを得ないだろう。 ただし自己負担の増額を心配する患者が受診を控え、命に関わるようなことになってはならない。特に低所得世帯には配慮が必要だ。 医療の発達とともに、高額な医薬品の普及が制度の重しになっていることも議論を呼んでいる。 高額療養費1件当たりの平均額は、16年度の4万1767円から21年度は4万5923円に増え、支給総額の規模は2兆5600億円から2兆8500億円に伸びた。 14年にがん免疫治療薬「オプジーボ」が、最近ではアルツハイマー病の症状の進行を遅らせる新薬「レカネマブ」や「ドナネマブ」が保険適用された。 こうした薬は患者に恩恵をもたらす。一方で医療保険財政を圧迫しているという意見もある。 患者や家族は、効果がある新しい治療法を待ち望んでいる。所得にかかわらず、適切な医療を選択できることが大前提だ。医療保険の持続性を高めるためにも、負担のバランスが取れた制度設計に工夫を凝らしたい。
西日本新聞