米紙が指摘「セブン創業家による“買収阻止”は日本企業の『顧客第一主義』の表れだ」
カナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールによる買収を阻止するため、セブン&アイの創業家である伊藤家が同社を9兆円で買収しようとしていることが明らかになり、国内外で波紋を呼んでいる。MBO(経営陣による自社買収)の計画が動いたとき、セブン&アイ内部では何が起きていたのか。米紙「ニューヨーク・タイムズ」が関係者に取材し、日本企業が欧米の企業文化にさらされるなかで生まれつつある、新たな経営モデルの可能性を探った。 【画像】米紙が指摘「セブン創業家による“買収阻止”は日本企業の『顧客第一主義』の表れだ」 セブン&アイ・ホールディングス副社長の伊藤順朗は、自社が方向性を見失っていると感じていた。 彼は創業者であり父でもある故・伊藤雅俊が育んだ企業文化を甦らせるため、2024年に米カリフォルニア州を訪ねた。同州にあるクレアモント大学院大学の専門家に社内研修についての助言を求めようとしたのだ。 同大学院は、伊藤の父の親友で「経営の神様」と呼ばれたピーター・ドラッカーが数十年間、教鞭をとっていたことでも知られる。伊藤は新たな研修で、「企業の目的は株主利益の最大化ではなく、顧客に奉仕することにある」というドラッカーの経営哲学を幹部らに伝えたいと考えていた。
「セブン争奪戦」からわかる日本の変化
東京のセブン&アイ本社で月1回の幹部研修がおこなわれるようになったのと同じ頃、伊藤は自社の株式公開買い付け(TOB)計画を練りはじめた。その額は数兆円規模に上るだろうが、競合であるカナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールよる買収を何としても阻止したかった。クシュタールは8月、セブン&アイに380億ドル(約5兆円)の買収提案を持ちかけていた。 11月には、伊藤家がセブン&アイを買収するための特別目的会社を設立し、メガバンクなどから8兆円を超える資金を調達しようとしていることが明らかになった。買収が完了した暁には、非上場化を検討しているという。 メディアでたびたび買収提案について語っているクシュタールとは対照的に、伊藤は自身の計画の詳細や動機について沈黙を守っている。セブン&アイは伊藤から提案を受けたことは認めたが、それに関する取材には応じなかった。 セブン&アイ傘下のスーパーやコンビニの店舗は、日本国内に2万2000店舗以上ある。なかでもセブン-イレブンは日本社会の基盤とも言える存在だ。伊藤を知る情報筋によれば、彼の買収計画を分析するにはドラッカーへのこだわりを理解する必要があるという。 セブン-イレブンの経営権をめぐる争いは、日本企業でいま起きている変化をよく表していると言える。日本政府は10年以上前から企業に対し、買収提案を受けた際は適切に検討するなど、株主価値の上昇に前向きに取り組むよう圧力をかけてきた。 つまり、日本政府が企業に求めているのはドラッカー流の経営哲学ではなく、シカゴ学派を代表する経済学者ミルトン・フリードマンの理念だ。「企業の目的は株主に利益を生むこと」という彼の主張は、企業経営者に多大な影響を与えた。 日本企業は政府からの要請に応えるため、自社株買いを実施して株価を押し上げたり、物言う株主を受け入れたり、株主利益を重視する人材を取締役会に迎え入れたりといったことに取り組んでいる。こうした努力により、ウォーレン・バフェットをはじめとする外国人投資家が日本株を買い増し、2024年2月には日経平均が史上最高値を更新した。セブン&アイの株価も、クシュタールの買収提案以降、過去最高値に近い水準に上昇している。