上田誠仁コラム雲外蒼天/第48回「パリオリンピックに寄せて~信頼関係の大切さ~」
人馬一体の信頼関係
そのオリンピック終了後の山梨県内の清里にて、馬術でご活躍されている上野きりさんとお話をさせていただく機会があった。パリオリンピックでは、総合馬術団体で“初老ジャパン”の愛称で挑んだ日本代表が、オリンピック史上初となる銅メダルを獲得した後であったこともあり、話がはずんだ。 話の中で、乗馬は“人馬一体”という言葉があるように、騎手と馬がなだらかで巧みな連携が行われていることが最良である。それには騎手と馬との言葉ではないコミュニケーションが成立しなければならないこと。さらには、騎手の不安や緊張・焦りは馬に備に伝わっていることと同時に、騎手は馬のそのような感情を機敏に感じ取り手綱を裁かなければ成らないことなどお聞きした。 その話の中で、東京オリンピック近代五種でのできごとの話となった。(前日までメダル圏内にいたドイツのアニカ・シュロイ選手の騎乗する馬が、障害の飛越を拒否したことから、キム・ライスナーコーチが「馬を叩け」と指示し、コーチが自らの拳で一度、殴っている様子が映像に記録された。そのことによりコーチが追放処分を受けた事案) 近代五種の馬術で騎乗する馬は大会主催者が準備し、抽選でどの馬に騎乗するか決まる。出場するまでに馬との対面は20分と決められているそうだ。 東京オリンピックの後、その馬(セントボーイ号)には飛べない気難しい馬との評判が先行し、評価が下がってしまったという。その馬をなんとかしたいとオリンピック直後の秋に引き取り、小淵沢にある山梨県馬術競技場で再度“人馬一体”となるよう調教に取り組んだ青年がいると話された。 「実はその青年は上田先生の講義を受講していたんですよ」と言われてビックリ仰天した。 「アッ!堀田駿(ほった・しゅん)ですよね」と返答すると、「エッ覚えていらっしゃったのですか!」と驚かれた。(現在はドイツより帰国し青森県競技力向上対策本部スポーツ専門委員:馬術) 山梨学院大学スポーツ科学部の講義に、スポーツキャリア演習という科目がある。2年生約25名前後がランダムに割り当てられ、将来のキャリアスキル向上のため講義を担当する。 そういえば馬のことをやたらと熱く語って、卒業後はドイツへ行って世界に挑んでいる杉谷泰三氏の元へ修行に行く――と夢を語っていたことが記憶に刻まれていた。さらに名前が「ほりた」ではなく「ほった」。馬にちなんだのか“駿“ということもあり印象に残っていたからだ。 後日、彼に連絡をしたところ、「オリンピックに参加させる馬は決して飛べない馬ではない。何かしらの原因で騎手との信頼を損ねたり、障害への余計な恐怖が芽生えたりさまざまな原因がある、馬は言葉が話せません、それでも日々接しているとたくさんのことが伝わり分かってきます。それを日々の騎乗で、馬とのコミュニケーションを取ることによって、自信と本来の勇気を取り戻してあげることができると信じてやってきています。」と答えてくれた。 今は11月の日本選手権に向けて練習に励んでいるとのことだった。 この話を聞き、選手とコーチとの関係もかくあらんことを願うばかりであり、まだまだ自己研鑽せねば成らぬと自戒した。 きっと北口選手とチェコ人コーチのデービッド・スケラックさんもそのような師弟関係で歩んで来られたのかなと思ったりもした。
月陸編集部