CPUクーラー一斉検証・追試編:ハイエンド空冷ほかをCore i9-14900Kでテストしてみた
8月に水冷・空冷CPUクーラーの一斉検証を行なったが、その際に検証環境で用いたCPUはCore i5-14600Kだ。これは最上位CPUだとクーラーの実力差が見えなくなってしまう、ということを考慮してのチョイスなのだが、多くの方はこう思っただろう。「Core i9-14900Kでやったらどのくらい冷えるのか知りたい」と。では、時間が空いてしまったが改めてやってみよう。 【画像】MSI「MPG CORELIQUID D360」 実際、検証を行なう側としても「どう計測するのがよいのか」、「なにを用いるのが最適なのか」といったことを日々考えており、データ取りと分析が必要だ。今回はそうしたプロセスの一環としてご紹介しよう。 ■ 今回は3製品で検証 今回は追加検証では、空冷ツインタワー、空冷シングルタワー、36cmクラス簡易水冷を各1製品ずつピックアップ。製品はそれぞれ、空冷ツインタワー型CPUクーラーがCPS「RZ820」、空冷シングルタワー型CPUクーラーがDeepcool「AK400」、36cmクラス簡易水冷CPUクーラーがMSI「MPG CORELIQUID D360」とした。 このほかの使用機材は前回の一斉検証に準拠している。室温は28℃±1℃、暗騒音31.6dBといった環境だ。計測項目も前回の一斉検証と基本的に同じだが、動作音のPWM:100%は省いた。CPUの熱量が上がったたことで、36cmクラスの簡易水冷CPUクーラーですらBlender Benchmark時の動作音が動作音のPWM:100%と誤差の範囲になってしまったためだ。Blender Benchmark時の動作音をそのクーラーの最大動作音と捉えて欲しい。 ■ 最低および最高温度の比較 まずはアイドル時およびアプリ実行中の最高温度のグラフから見ていこう。計測条件は、アイドル時が10分間のアイドルタイム中のCPUパッケージの最低温度、サイバーパンク2077はフルHD+レイトレーシング:ウルトラ設定で、Blender Benchmarkはレンダリングハードウェアの選択でCPUを選択し、どちらもベンチマーク実行中の最高温度を採用している。 アイドル時のCPU温度を見ると、MPG CORELIQUID D360とRZ820については33~34℃あたりを推移していたのに対し、AK400はそこから2~3℃高かった。サイバーパンク2077では、MPG CORELIQUID D360とRZ820は70℃台後半~80℃、AK400は90℃前後だった。 Blender Benchmarkは、さらにCPU温度域が高くなる。MPG CORELIQUID D360とRZ820はパワーリミット4,095W時で90℃弱、253W定格設定時で85℃前後だった。AK400についてはサーマルリミットがかかったものの、ギリギリ100℃に到達することなく99℃、97℃だった。AK400はシングルタワーCPUクーラーとしては比較的高性能だ。事前テストとして同じシングルタワーでひと昔前の製品、虎徹 Mark IIで検証した際は100℃に達している。 全体を見渡すと負荷時の4,095W時と253W時ではおおむね4℃程度の差がある。サイバーパンク時でのRZ820の253W時が80℃となっているが、ほかのテスト結果と比較するとこれはどちらかというと異常値のようにも見える。本来なら76℃あたりが妥当だったのだろうと推測される。 ■ Blender Benchmarkのグラフを見比べてみる さて、CPU温度グラフ(棒グラフ)ではMPG CORELIQUID D360とRZ820の性能差がいまいちピンとこない。そこでBlender Benchmark実行中のCPU温度推移を折れ線グラフで見てみよう。棒グラフと折れ線グラフは同じデータを元に作成しているが、棒グラフでは見えなかったところが折れ線グラフなら見えてくるということがある。 黄色系のラインはAK400で頭ひとつ高い温度域で推移しているがこれは想像どおり。4,095W時のMPG CORELIQUID D360、濃紺のラインで最大温度の88℃がどこで出現するかと言うと、3つ目のテストシーン「classroom」の中ほどにある。1箇所ピークのように突き出した部分だ。一方、4,095W時のRZ820、濃緑のラインで最大温度の89℃は、1つ目のテストシーン「monster」の終了間際で、やはりここもピークが立っている。 こうした瞬間的なピークを拾ってしまうのが棒グラフの難しいところだ。折れ線グラフで見れば、全体的な温度推移としては青系のライン(=D360)のほうが緑系のライン(=RZ820)よりも低い温度で推移していることが分かる。これらを総合すると、棒グラフでは1℃違い程度だったが、実際のところは、ピークの差以上にMPG CORELIQUID D360のほうがRZ820よりも冷却性能が高い、と見ることができる。 次にBlender Benchmark実行中のCPUクロック推移を見よう。 グラフ化の際には、3,800MHz~5,000MHzを切り出すことでクロック差を分かりやすくしているが、負荷中におけるもっとも高クロック、もっとも低クロックの差は100MHzもない。ただ、AK400の黄色系のラインはほか2製品よりも低いところであることははっきりしている。MPG CORELIQUID D360とRZ820では、monster、junkshopという前2つのテストシーンはほぼ被っているが、終盤、Classroomのテストシーンで言えば緑系ラインのRZ820のほうがわずかに高い。 続いて、Blender Benchmarkスコア(5回平均)を見てみよう。 まずAK400ははっきりとスコアが低くなる。CPU温度グラフのとおりCPU温度が高く、CPUクロックグラフのとおりCPUクロックがほかより低かったことで、それがスコアとしても反映された格好だ。 一方、MPG CORELIQUID D360とRZ820は、MPG CORELIQUID D360のほうがよい条件もあれば、RZ820のほうがよい条件もある。先のCPUクロックグラフでは、終盤classroomでRZ820のほうが高クロックを維持していたように見えたが、スコアを見るかぎりは「たまたま」だったのかもしれない。 実はここがCPUクーラー検証における折れ線グラフのデメリットでもある。検証の際、できるだけ正しい値を得ようとすれば、複数回計測を行う。Blender Benchmarkスコアで5回計測(後のサイバーパンク2077のスコアも同様)しているのは、そもそもベンチマーク値にブレ幅があるので、それを均すためである。CPU温度も同様で、棒グラフにするのであれば、複数回計測して平均を出すことでより妥当な値に近づけることができる。ただし、折れ線グラフだとそうはいかない。複数のデータを用意しても、それを見比べて妥当な1つを選び出す必要がある。 つまり、Blender Benchmark実行中のCPUクロック推移において、終盤、ClassroomのテストシーンでRZ820が高クロックを維持しているように見えたが、選びだした1本が「たまたまこの形になった」というのが正しい。ログデータを複数回取ると、一見すれば同じように見えていろんなところが少しずつ異なる。一箇所がよくても別の一箇所が悪い、温度やクロックが瞬間的に上下するポイントがテスト毎に若干違う……といった具合になるため、ログデータの中から平均的なものを一つ選び出すとしても、どうしても妥協点が必要になってくる。 ただ、複数のグラフ、複数の視点からデータを見ていけば、見えづらかったところもだいぶ見えてくるもの。どちらかのグラフだけでなく、両方をチェックするべきなのである。 ■ サイバーパンク2077のデータを見比べる 続いてサイバーパンク2077のグラフを見てみよう。サイバーパンク2077は実際のゲームを起動し、設定から内蔵ベンチマークを実行している。そのためCPU温度は十分に温まっている状態で計測開始になる。Blender Benchmarkよりも横軸が短いこともあるが、そもそものCPU温度変動も激しい印象だ。 黄色いラインのAK400が高いというのは分かるとして、ほか2製品は複雑に交錯している。そこでほかのグラフも見てみよう。まず、確実にベンチマーク実行中である中間30カウントを抽出してCPU温度の平均値を割り出したのがサイバーパンク2077実行中の平均CPU温度グラフだ。 このグラフでは、1、2℃だがMPG CORELIQUID D360のほうがRZ820よりも冷やせているという結果が出た。それではこれがCPUクロック推移で現れるだろうか。 CPUクロック推移で見ると、黄色系ラインのAK400は予想通りとして、明確と言えるのはもっとも高クロックを維持している4,095W時のMPG CORELIQUID D360だろう。ほかは変動が激しくて判別つかない。では、フレームレートで見てみよう……となるが筆者のミスだが注意点がある。 ざっと見て「AK400のフレームレートが高い」ように見える。が……実は、MPG CORELIQUID D360とRZ820は同日に計測できたのに対し、AK400はそれより数日遅れたタイミングで計測している。通常なら検証中はゲームのアップデートを停止しているが、間の空いた際、別の検証をした際にうっかりアップデートが入ってしまい、どうやらここでフレームレートが改善したようだ。 なぜアップデートでフレームレートが向上したと言えるのか説明しよう。実は事前検証の際に、今回のサイバーパンク2077の設定ではCPU温度やCPUクロックが異なってもフレームレートに影響しないことはある程度把握できていた。事前検証では虎徹Mark IIを用いたが、これはAK400よりも冷却性能がやや低く、CPU温度はより高く、CPUクロックはより低かった。それでもフレームレートはMPG CORELIQUID D360、RZ820と誤差の範囲でしかなかった。 ベンチマークの方法からも説明できる。Blender Benchmarkとは異なり、適度なCPU負荷を作るためにサイバーパンク2077をフルHD、レイトレーシング:ウルトラで計測しているが、この設定はGPU負荷のほうがCPU負荷よりも高い。まだCPU側に余裕がある状況なので、CPUクロックで多少の高低があったとしても、フレームレートを左右する大きな要素はGPU側だ。 本来ならMPG CORELIQUID D360とRZ820の再計測をすべきだが、時間もない中での追試だったため、今回のAK400のフレームレートに関しては“参考値”ということでご容赦いただきたい。 ■ 動作音の傾向は一斉検証時と同じ 今回の主目的ではないが、動作音の計測結果と各製品について評価を加えておこう。一斉検証時は編集部の撮影室で計測しているが、今回は筆者の自宅である。この点で若干の違いはあるが、おおむね一斉検証時のデータと比較しても差し支えないデータだろう。Core i5-14600KとCore i9-14900Kでの違いとして、見比べていただきたい。 AK400に関しては、負荷中ほぼ最大回転に達するので一斉検証時とほとんど変わらない。Blender Benchmarkよりもサイバーパンク2077時のほうが大きな数値なのは、ビデオカードのファンの動作音が加算されるためだ。 Blender Benchmarkでは100℃未満に収まり、サイバーパンク2077ではほかと性能は変わらず(ゲーム条件が異なれば結果も異なるのでこのかぎりではない)、静音だし安いとなれば、Core i9-14900K+AK400もアリに見える。もっとも、PCケース内の温度の上昇がほかより高くなると思われるので、そこに万全を期さないとPCの安定性という面では不安が出るかもしれない。 MPG CORELIQUID D360も一斉検証時とほぼ同じだ。PWM:20%のような低負荷時は静かだが、サイバーパンク2077時で50dB強、Blender Benchmarkで60dB台と大きい。まあ、ゲーミングPCはそもそもうるさいものだ。冷却性能は間違いなく優れているので、ファンコントロールを加えることで快適さに振るというのもアリだ。LCDにLED、見た目にこだわるならMPG CORELIQUID D360はよい製品だ。 RZ820も一斉検証時とほぼ同じで低負荷時は静かだが、高負荷時は空冷CPUクーラーの中でもうるさい部類に入る。「ゲーミングPC」のイメージどおりの動作音といった印象だ。CPUがCore i5-14600Kからi9-14900Kになったことで動作音が若干大きくなっているように感じた。冷却性能は簡易水冷に対しても引けを取らない。この性能ならこの価格も納得だろう。超大型なので、組み合わせによっては干渉することも考えられるが、PCケースに組み込んだ時の密度感、存在感はかなりよい製品だ。 ■ Core i9-14900Kを使ったCPUクーラー検証は対象の製品や企画趣旨に応じて選択 一斉検証企画は、「現在のCPUクーラーにはこのような製品があってこのような冷却性能になります」という、ある意味無差別級の製品紹介になるので、どの製品でも差が出るようにするには、性能の低いCPUクーラーに合わせた熱量のCPUを用いる必要があった。 そんな中、Core i9-14900Kでは100℃に到達するのではないかと予想していた空冷シングルタワーだが、AK400は本当になんとかではあるもののギリギリ100℃未満に収まったのは正直驚きではある。空冷シングルタワーの中でも冷却性能がすぐれたものならCore i9-14900Kでも製品評価に使えないこともなさそうだ。 ただし、虎徹Mark IIは100℃に達したし、一斉検証で用いたPrawnはAK400よりも5℃程度温度が高かったので、今回用いていたら100℃に達していただろう。もしも、「空冷シングルタワー10製品比較」のような検証では、「7」グレード、「5」グレードのCPUを用いないと軒並み100℃に達してしまい比較にはならない。 一方、MPG CORELIQUID D360とRZ820はCore i9-14900Kでもなんら問題なさそうだ。ただ、RZ820は現在の全空冷CPUクーラー中でもっとも高性能な部類なので、「空冷ツインタワーならOK」とは言い切れない。今回は時間的に実施できなかったが、比較的低価格帯の空冷ツインタワーによるデータも取ってみる必要はありそうだ。 また、Blender Benchmark一つでは性能差が分かりづらいMPG CORELIQUID D360とRZ820だが、CPU温度推移を見たりCPUクロック推移を見たり、スコアを比較することでそこにちゃんと差があることが分かる。CPU処理で100%近い負荷をかけるBlender Benchmarkだけでなく、サイバーパンク2077のように適度なCPU負荷のベンチマークも加えることで、比較の視点がさらに増え、より性能比較の深みが出てくる。 そんな具合でCPUクーラー検証に用いるCPUはその企画が何を比べたいのかで選定しているとご理解いただきたい。一斉比較もあれば、ハイエンドCPUクーラーにフォーカスした企画、低価格CPUクーラーにフォーカスした企画など、さまざまなCPUクーラー企画を実施していくのでご期待いただきたい。 □ではCore Ultra 200Sシリーズではどうなる? さて、直近の話題としてCore Ultra 200Sシリーズがリリースされている。第14世代、第13世代のCore、特に「K」付きモデルは性能のために電力(と発熱)に目をつぶってきた格好だが、Core Ultra 200Sでは電力効率にフォーカスし、発熱量も扱いやすくなっている。 執筆時点ではまだ最新世代のCPUをテストできていないが、最新の各種レポートや仕様を検討する限りでは、定格であれば「9」グレードのCPUでもかなり多くのCPUクーラーの性能を正当に評価できそうだ。こうなれば、CPUクーラーを検証する我々にとってはテスト条件をあれこれ悩む必要がなくなり、読者の方々にとっても製品選びの幅が広がる分かりやすさとしてメリットになってくるだろう。
AKIBA PC Hotline!,石川 ひさよし