本郷和人『光る君へ』では帝まで夢中の『源氏物語』。しかし武士や富国強兵の時代にどんな扱いをされていたかというと…
◆武士の世での『源氏物語』の扱い 公家社会で愛された『源氏物語』でしたが、時代は武士の世へと推移していきます。そうすると妙な動きが出てきます。 「光源氏とかいうヤツは恋愛にばかりうつつを抜かしておる。政治も軍事もないがしろではないか。女の尻を追いかけているだけの読み物を、どうしてありがたがるのか」というマッチョな感想が語られ、『源氏物語』の価値を貶める動きが台頭してくるのです。 ――― 歌連歌ぬるきものぞという人の梓弓矢(あづさゆみや)を取りたるもなし ――― 文武両道の武将、三好長慶は「和歌や連歌などくだらない、と言う者に、いくさ上手がいたためしがない」と断じます。でも、教養のない成り上がりの戦国武将などは、コンプレックスもあるのでしょうけれど、風雅の道をリスペクトしようとしません。 そもそも文化の担い手であるはずの天皇からも、『源氏』批判(後光明天皇。正確には、『源氏』を愛好する朝廷批判)が生まれています。『源氏物語』を軟弱な書、無用の書と見なす考えは、実際に存在したのです。
◆近代での『源氏物語』の扱い さらに富国強兵を国是とする明治の世においては、『源氏物語』の評判は散々でした。 キリスト教の伝道者として知られる内村鑑三は「あのような文学はわれわれのなかから根コソギに絶やしたい」「『源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたか。何もしないばかりでなくわれわれを女々しき意気地なしになした」と言い、文学者の正宗白鳥は「読みながらいく度叩きつけたい思いをしつづけたか」とこき下ろしています。 『源氏物語』を評価した明治の文化人は、尾崎紅葉・樋口一葉・与謝野晶子くらいです。 けれども戦後になると、『源氏物語』は復権を果たしました。 現代語訳を上梓している田辺聖子は「男が始めた戦争が敗戦というかたちで失敗して、『源氏物語』が甦った」と、男性文化の崩壊と『源氏』の復権を語っています。 実際、悲惨な戦争への反省や昨今の女性の活躍を鑑みるに、田辺の指摘の正しさを痛感するべきなのでしょうね・・・。
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