横関大さん、最新刊『誘拐ジャパン』インタビュー「現実の犯罪とは一線を画す、芸術点のある犯罪小説を描きたかった」
【著者インタビュー】横関大さん/『誘拐ジャパン』/小学館/1980円
【本の内容】 32歳・無職で、人に言えない事情を抱える天草美晴。再就職先は見つからず、貯金も底をついた。金欠に陥り頭を抱える美晴のSNSへ、アルバイトを斡旋するダイレクトメールが届く。破格の報酬を謳うその仕事はごみ屋敷の大掃除だという。高額報酬につられて現場へ向かうがチームを組んだ2人の女性の動きが、どうもおかしい。もしや強盗犯に組み込まれたのか!? そこに現れた家の主は、かつてキングメイカーと恐れられた大物政治家だった。「この国の未来のために、是非力を貸してほしい」。奇想天外なストーリーと、永田町・霞が関のリアリティーのある活写で一気読み必至のミステリー。
天藤真さんの『大誘拐』が大好きでいつか自分の手で、と
ドラマ&映画化された『ルパンの娘』シリーズをはじめ、著作が次々と映像化されている横関大さん。そんなエンタメ小説の名手が送り出した最新作が『誘拐ジャパン』。本作でミステリー作家としての念願がひとつ叶ったと、笑顔を見せる。 「数ある誘拐モノの中でも天藤真さんの『大誘拐』が大好きで、いつか自分の手で誘拐モノを書いてみたかった。横関バージョンの『大誘拐』を出すぞという熱い野望を2010年のデビュー以来、ずっと抱き続けてきたんです。天藤さんの傑作に敬意を払いつつ、新しい誘拐モノを自分なりに提示するという意欲を込めて『誘拐ジャパン』は“シン・誘拐ミステリ”と銘打ちました」 夢はコロナ禍に動き出した。 「2~3年前に《総理の孫を誘拐してとんでもない要求をする》という筋書きをひらめいて、遂に企画として始動したんです。担当編集者と打ち合わせを重ねて、大筋を練り始めて1~2か月で執筆に入りました。タイトルは連載が終わってからですね。誘拐という言葉は入れたいと考えていたのと、国家を盗むという意味合いを含めて『誘拐ジャパン』に。思い切ったネーミングには、日本代表のニュアンスも込めています」 現職総理大臣・桐谷俊策の孫・英俊(7才)がある日、女性3人組にさらわれてしまう。黒幕には政界の重鎮が控え、その命を受けた彼女たちの驚くべき要求により、事件はやがて国民全体を巻き込んだ“劇場型誘拐”へと発展していく。 桐谷総理を軸とした政界が舞台となるだけに、作中では様々なタイプの議員が登場する。中には、 《彼女は将来を嘱望されている女性政治家だったが、去年問題を起こした。シンガポールに研修中、マーライオンの前で撮った記念写真をSNSにアップしてしまったのだ。ガオーッとばかりにライオンの真似をしたかのようなポーズに、『税金で観光旅行するとは何事だ』と批判が殺到し、炎上した》 といった議員なども。“あぁ、あの一件!”と即座に思いあたってしまう、現実社会とリンクした描写も積極的に盛り込まれている。 「政局への関心は人並みではありますが、この作品はミステリーであると同時にエンターテインメントでもあります。現代の政治への皮肉や社会風刺として、海外へ研修に出かけた女性議員の実態やコロナ禍で銀座のクラブ通いが問題になった議員といった、時事ネタを交えました。 面白かったのが、内閣支持率が20%を割ったらまずいと書いていたら、裏金問題などの発覚で岸田内閣の支持率が10%台へ突入。現実の政治が小説の先へ行ってしまったことです。フィクションの政治家のほうがパーティー券のキックバックなどしないぶん、ましかと。執筆しながら日本の政治にある種の奥深さを感じてしまいました」 420ページという読み応えのある物語は、桐谷家や総理周辺の関係者、警察、マスコミ、そして犯人グループと、多様な視点が交錯しながら展開していく。横関さんにとってこれほど視点の多い小説を描くのは、初めての試みだった。 「登場人物の視点が多いと読んでいて頭が混乱しがちですが、今回は多角的に誘拐事件を描いたほうが面白くなるのではと、挑戦してみたんです。結果、たくさんのキャラクターを描くことができたのでとても楽しかった。人物造形は綿密に計算せず、書き進めていくうちにキャラクターが個性を発揮しました」 視点が多いことでテンポよく展開し、登場人物が入れ替わることで誘拐事件の実態がじわじわ見えてくる。静岡県の富士宮市役所に勤めながらミステリー作家の登竜門とされる江戸川乱歩賞に挑んだ横関さんは、元公務員として、執筆中には総務省の官僚にシンパシーを感じたと明かす。 今作では、前代未聞のユニークな企画も連動していた。ブックデザイナー・鈴木成一さんが東京・下北沢の書店B&Bで開いた「超実践 装丁の学校」に協力し、20人弱の受講者らによる作品から実際の装丁を決定したのだ。選考には横関さんも加わり、最優秀賞に輝き本作のカバーを飾っている、佐々木信博さんの装丁を推したという。 「デザインそのものがいいなって。同じような装丁を他で見たことがなく、目新しさにも惹かれました」