出町柳駅前のジャズ喫茶「LUSH LIFE」 京都の町にたゆたう音楽の記憶(その1)
サエキけんぞうの京都音楽グラフィティー
「京都は音楽のワンダーランドだな」と、この連載を始めてからつくづく思い知らされている。町を歩いていると、驚くべき記憶やモノや人になにげなく出くわすのだ。それは東京ではなかなか難しい。今回は、わけてもとっておきの店を紹介したい。出町柳駅前にあるジャズ喫茶「LUSH LIFE(ラッシュライフ)」だ。
僕がこの店に出会ったのは2022年の春のことだった。あの頃はまだコロナのせいで京都には観光客も少なかった。たまたま京都での仕事帰りの経由地だった出町柳で、「ちょっとコーヒーでも飲みたいな」と駅前のミニ公園的な場所をふとのぞいたら、奥に「JAZZ&CAFE」と書かれた看板を見つけた。ジャズは好きだがジャズ喫茶となると敷居が高いと思う人もいそうだが、実も僕もその一人。「気難しいオヤジの存在」がちょっとコワかったりする。 とはいえやっぱりコーヒーが飲みたかった僕は、恐る恐るドアを押して入ってみた。店内はカウンター席だけで奥に大きなスピーカー。カウンターの向こうから優しそうな女性がいて「なににしましょか?」と声をかけてくれた。「あ~これなら大丈夫だ!」とほっとした僕は、カウンターの上のサイコロ状のメニューにあったホットチャイとプリンに心ひかれて、コーヒーの前に頼むことにした。
店内には春の陽光が差し、ヤンワリと流れるBGMはドリーミーな1940~50年代ぐらいのオールド・ナンバー。ゆったりした音楽に本当に癒やされる。ジョン・コルトレーンとかの激しいジャズもいいが、仕事疲れには、柔らかい古いジャズがいい…最初こそそんなまったりとした幸せな時間を楽しんでいたが、次第に選盤がやけに素晴らしいことが気になりはじめた。「これは、通な気がする…」と思ったら、なんとスピーカーの裏にマスターがいるではないか。しかも何やら色々詳しそうなオヤジさんである。
あんまり良いアルバムがかかったので、こっそりShazamしてみた。スマホのアプリ「Shazam」は、流れている音楽をキャッチして瞬時に曲名とアーティストを示してくれる便利なアプリで、僕もよく利用しているもの。大抵の盤はすぐに判明するのだが、今流れている盤はさすがのShazamでも「出ない」。Shazamで「出ない」ということは、山下達郎が日曜のラジオ番組の必殺でかけるドゥーワップとか、よっぽどのマニアックな盤である証拠で、レアな作品であることは間違いない。 「すみません、これって何ですか?」ーージャズ喫茶のマスターは怖いけど、勇気を出して声をかけた。「これや」とマスターが差し出したのは、Eddie And Betty Coleというアーティストの「The Two Hot Coles」というアルバムだった。(エディ・コールはナット・キング・コールのお兄さんで、ベティはその奥さんということ)。