14歳から17年間“ひきこもり” 「誰かのために」壮絶体験を発信 本を自費出版で社会に認められた実感
17年間の「ひきこもり」生活で体がぼろぼろになった男性が、壮絶な体験を発信し続けている。 社会復帰をはたしたいま、「ただ、誰かのためになることがうれしい」という彼が、人生再スタートで目指すものは…。
■17年間ひきこもり…“勉強会”で壮絶な体験を語る
糸井博明さん(50):ひきこもっている時のことを、思い起こしたり、ちょっと深く話そうとすると、相当しんどくなります。それと歯をボロボロにしたもので、ひきこもってた時に。義歯をはめておりますので、大きくはっきりゆっくりと話したいと思いますが、お聞き苦しい点がありましたら、ご容赦ください。 10月、京都府が開いた、ひきこもり状態にある人の家族を集めた勉強会。 話しているのは、糸井博明さん(50)。 14歳から31歳まで17年間、自宅にひきこもっていた。
■「トイレ、風呂、台所に行く道筋の記憶しかない」 ひきこもりで体も限界に…もがきながら生きる日々
糸井博明さん:ひきこもろうと思って、ひきこもった訳じゃありません。不登校の延長が、そうであったということ。トイレとか、お風呂とか、台所に行く動線、道筋の記憶しかありません。 糸井さんに異変が起きたのは、中学生の時。 授業についていけなくなったことをきっかけに、学校に行けなくなり、いつしか、この部屋から出られなくなってしまったのだ。 両親もどうしていいか分からず、糸井さんは次第に、外に出ることが怖くなっていく。 糸井博明さん:十何年、周回遅れで同級生がもう大人になったり、社会人になったり、家庭を持ったりしてる時に、そこに出ていったら、私というちっぽけな存在はつぶれてしまうんだという。ここだけが私が辛うじて生きていける最小限の空間。 ひきこもり始めて15年を過ぎたころ、髪はひざ下まで伸び、歯も欠け、体はもう限界に達していた。 その後、自らSOSを出したことで、精神科の閉鎖病棟への入院につながり、半ば強引にひきこもりから脱した。 数カ月して実家に戻った糸井さんの再出発は、精神障害などがある人たちが利用する施設から始まった。 糸井博明さん:同級生に追いつけるとか、学歴、職歴、収入で追いつけるかとか、恋愛とか結婚、希望を持ってもいいのかとも思いましたけど、どこまでいけるのかっていうのを試してみたい。 最初は人と話すこともままならなかったが、福祉の助けも借りながら、34歳で初めて豆腐店に就職したのを皮切りに、いくつかの仕事を経験。 通信制の高校や大学を卒業したものの、どう生きていけばいいのか、もがく日々が続いた。
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