「性愛」「復讐」「タブー」を描く、韓国の鬼才パク・チャヌクの世界観 映画厳選3作
韓国の映画監督、脚本家、プロデューサーであり、世界で最も高く評価されている革新的な作家の一人であるパク・チャヌク。映画評論家を経て、監督デビューを果たし、数々の賞を受賞してきた。近年ではスパイドラマ『シンパサイザー』の監督(1‐3話)を務め、ロバート・ダウニー・Jr主演ドラマの共同ショーランナーとしてシリーズ作を作り上げたことも記憶に新しい。多くのヒット作を生み出したパク・チャヌクが手掛ける、独特な世界観が感じられる作品を振り返っていく。 【写真】女性への抑圧と、抑圧に抗う女性の強さを描いたミステリー「お嬢さん」 ■ユニークな作風が魅力のパク・チャヌクとは ソウル特別市生まれのパク・チャヌクは、美術史学者を目指して西江大学校の哲学科に進学。そこで出会った仲間とともに映画サークル「西江映画共同体」を結成し、数々の映画を観るようになったことがきっかけで次第に映画監督を目指すようになった。 大学在学中の1983年に初めて映画評論家として文壇に登場し、活動を始めたパク・チャヌク。卒業後に映画監督のイ・ジャンホが設立したパン映画社の演出部の一員となり、後に小さな映画会社に入社する。そしてついに1992年、「月は...太陽が見る夢」で映画監督デビューを果たす。 いまでこそさまざまなシーンで名を挙げられるパク・チャヌクだが、初期の監督作品は当時の韓国では珍しい作風。業界人からの注目こそ集めたものの、興行的には振るわなかった。 そんな最中、パク・チャヌクは南北分断をテーマにしたパク・サンヨンの小説「DMZ」 (邦訳題「JSA―共同警備区域」) の映画化を担当する。彼の意図やユーモアが作品に活かされていたことに加え、社会的なテーマを含む骨太なタイトルに仕上がった映画「JSA」(2000年)。当時の韓国では583万人という最高観客動員数、年間最高興行を記録し、第21回青龍映画賞監督賞、第37回百想芸術大賞監督賞、第38回大鐘賞最優秀作品賞、ドーヴィル・アジア映画祭作品賞など数々の賞を受賞する。 その後もパク・チャヌクの勢いは止まらず、2016年に公開した「お嬢さん」では第69回 カンヌ国際映画祭で絶賛を受け、全米批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞、サンフランシスコ映画批評家協会賞といった外国語映画賞を次々に勝ち取った。 型破りなストーリーテリングや魅力的なキャラクター、官能的な映像で独自の映画世界を構築するパク・チャヌク。2022年には6年ぶりとなる長編映画「別れる決心」を発表し、第75回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。近年では海外ドラマの監督も務めるなど、業界屈指の名監督としての地位を築いている。 ■復讐劇を描いたサスペンスドラマ「親切なクムジャさん」 パク・チャヌクといえば、“復讐映画の巨匠”というイメージを持つ人も多いだろう。2002年に監督した映画「復讐者に憐れみを」、2003年の「オールド・ボーイ」、そして2005年公開の「親切なクムジャさん」の3作品は「復讐」をテーマにしており、「復讐三部作」とも呼ばれている。 ちなみにこの連作は、初めから三部作として企画されていたわけではない。前述の2作を発表したあとに次作を構想する過程において、記者会見で「三部作を計画している」と“勢いに任せて”発言したのがきっかけなのだと過去のインタビューで明かした。 「親切なクムジャさん」は、男に娘を人質に取られ、無実の罪で服役した女性が繰り広げる復讐劇を描いたサスペンスドラマ。優しく美しい主人公の女性は「親切なクムジャさん」と慕われていたが、すべては復讐のための準備だった。13年の刑期を終え、復讐鬼と化したクムジャは娘と再会。先に出所した仲間の協力でついに男を手中に収めるが、復讐の計画段階で驚愕の事実を知る…。 クムジャを演じるのはパク・チャヌクの代表作でもある「JSA」や「宮廷女官 チャングムの誓い」で清純なイメージを見せたイ・ヨンエ。本作では常に無表情を装いながら、自分が決めた計画を一つひとつ遂行していく冷酷かつ奇妙な役を演じた。 復讐完遂までのプロセスには、「復讐三部作」の前2作以上にショッキングで生々しい描写を用意。「オールド・ボーイ」の主要キャストなどが出演しわずかなシーンで強烈な存在感を放ち、復讐劇にスリルを加味している。パク・チャヌクのエネルギーを感じられる、三部作の完結に相応しいタイトルだ。 ■愛と金をめぐる狂愛のミステリー「お嬢さん」 2016年に公開された「お嬢さん」は、成人指定にもかかわらず大きな話題を呼んだ快作。サラ・ウォーターズの小説「荊の城」を原作とした映画化作品で、カンヌ国際映画祭を始めとした世界の映画賞で絶賛を受けた。特にカンヌでは韓国人初の芸術貢献賞受賞者を生んだ作品でもある。 物語の舞台は1930年代、日本統治下にある韓国。詐欺師グループが富豪・上月家の財産を狙って、その令嬢・秀子との結婚を企てた。そして“藤原伯爵”を名乗って上月家に取り入った詐欺師とともに、スッキという少女がメイドとして潜入する。 スッキは詐欺師グループに育てられた、天涯孤独の身の上。そして男尊女卑の思想が強く根付いていた同年代において、彼女が仕える秀子もまた辛い境遇にあった。やがて哀れな秀子に惹かれていくスッキ。詐欺師が権謀術数を張り巡らせるなか、スッキとお嬢さん、あらゆる者が金と愛をめぐって騙し合いを演じていく…。 同作で特に話題をさらったのは、女性同士の性行為を描いたシーン。だが同シーンは過激な性描写をエンターテインメントに落としたものではない。映像表現としての美しさは格別で、本編を通して見れば、それをエロスのひと言で片づけることは決してできないはずだ。 女性たちが強く自分たちのアイデンティティーを確立するさまを描いた物語でもある「お嬢さん」。パク・チャヌクはかつて同作品に関するインタビューで、「私はいつも抑圧と抑圧されている状況の中で戦う女性が魅力的だと思っています」と答えた。藤原伯爵と上月家のやり取りを振り返ると、悪意なく女性を物として見る彼らの“常識”が垣間見える。時代のせいもあるが、彼らにとって女性は家と家を結ぶ物々交換の種であり、性をぶつける器でしかなかった。 令嬢と呼ばれる秀子の立場もまた、恵まれていながらも不自由なもの。いずれ他家に贈られるプレゼントとしての“機能”を身につけるため、さまざまな抑圧のなかで暮らしていたのだ。天涯孤独であるスッキが、そんな彼女の状況を見て一緒に過ごすうちに心を寄せていくのは当たり前だったのかもしれない。 だが物語の中心には、財産を狙った詐欺師の“騙し・騙され”の策謀が渦巻く。騙しているつもりが騙され、かと思いきやどんでん返しが待っている。PVにもなった「私を騙したつもり?」という秀子の目、涙ながらに縋りつくスッキの表情が同作のジェットコースターさながらの急転直下を物語っている。 ■ファン待望の6年ぶりの長編映画「別れる決心」 またパク・チャヌクを語るうえで欠かせないのが、2022年に6年ぶりの新作として公開された「別れる決心」。第75回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞部門の韓国代表に選出された本作は、刑事と容疑者の禁断の愛の行方を描くサスペンス・ロマンスドラマとなっている。 男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュンは、被害者の妻ソレを疑っていた。しかし取り調べを重ねるうち、運命的に惹かれ合う2人。美しい容疑者と生真面目で優しい刑事が紡ぐ禁断の恋は、疑念とともにその熱を増していく。 韓国では公開後に発売された脚本集がベストセラーとなり、劇中のセリフがネットで大流行するほどの人気を放った同作。次から次へと起こる予想外の展開や、細部までこだわり抜かれたビジュアル、相手の本心を知りたいヘジュンとソレのスリリングな駆け引きなど、先の読めないストーリーから目が離せなくなると話題を呼んだ。 刑事ドラマ、ロマンス、予想外のユーモアを織り交ぜた同作は、前作までのタブーを破るような衝撃的な作品ではなく微妙な感情の揺らぎと脈打つ内なる波が共存する深いドラマに仕上がっている。映画史上最大の“美しくも残酷な結末”に向かって突き進んでいく展開が、見る者の感情を大きく波立たせる。 なおCS放送「ムービープラス」では、パク・チャヌク監督作品を12月9日(月)~11日(水)の23時台に連日放送が決定。「別れる決心」「お嬢さん」「親切なクムジャさん」3作品いずれもCS初放送となる注目タイトルだ。