「プライド」と「生活」高齢者の免許返納を考える - 池袋暴走事故から2年
「免許だけは取らないで」泣く老親に免許返納を勧める家族の葛藤
山添さんのように積極的に免許を返納した高齢者がいる一方で、家族が返納を勧めても本人が嫌がるケースもある。 長崎県諫早市在住の野崎正博さん(仮名、57歳)が、3年前に父親(当時85歳)の免許を返納した際のことを振り返る。 「もともと車と運転が好きだった父は、自分で軽自動車を運転し買い物や病院へ行っていました。免許更新時の高齢者講習では、『あなたは他の高齢者よりも視界が広いですね』と言われたそうで、ことあるごとに誇らしげに話していました。ところが、徐々に自宅の車庫入れに失敗するようになり、車に小さな傷をつけるようになったのです」 周囲の親戚から、「もう運転は止めさせたほうが良い」と言われていた矢先、父親が自損事故を起こす。 「通いなれた親戚の家へ出かけた帰りに、道路わきの側溝にタイヤがハマって動けなくなってしまったのです。これはもう危険だと、返納させることを決意しました。父は『免許だけは取らないで』と泣いてすがってきました。自由に移動できる手段がなくなってしまう不安があったのでしょう。心が痛んだものの、他人を巻き込んでからでは遅い。強引なやり方かもしれませんが、父が体調不良になったこともあり、代理で警察署に返納手続きに行きました。しばらくは車に乗りたそうでしたが、徐々に諦めてくれたようです」 野崎さん親子が住む地域は諫早市内でも郊外に位置しており、最寄りのバス停の運行数は上下合わせて1日3本。スーパーや病院へも車で10分以上はかかるため、車がなくなると生活しづらくなる。 「父が病院に行く際には、仕事を早めに切り上げたり、半休を取ったりして対応しています。父が自らタクシーを呼んで外出することもありますが、料金もバカにならないのでなるべく送り迎えするようにしています。どうしても無理なときは、近くの親戚に頼みますが、息子である私が中心となって、父親のアシになるしかないのです」 交通網が十分に発達していない地方では、返納後の移動手段をどう確保するかが課題となる。 都道府県別の免許自主返納数上位には、東京都や大阪府、兵庫県、神奈川県といった大都市圏が並んでおり、バスや電車などの車に代わる交通機関が整っていることが返納のハードルを下げているとみられる。 野崎さんのケース同様、家族が返納を進めても拒む老親は多いという。前出の熊谷さんは、「高齢ドライバーは免許を失うことに対して大きな不安を抱く」と実情を明かす。 「今の高齢者にとって、運転免許というものはすごく大きな資格であり、その資格を失ってしまうことに対する精神的な不安が大きいのです。また、野崎さんのように地方に住んでいて、車がなくなった後の生活はどうしたらいいか不安に思う高齢者も少なくありません」 こうした不安を解消するためには、「第三者の介入が大切」だという。 「私が警察署に務めていた頃、免許返納を警察官に説得してほしいというご家族からの要望が多くありました。高齢者の免許返納を促しているのは警察ですから、警察官は全く嫌な顔はせず、説得しようとしてくれます。それでも返納を渋る高齢者の方には、『運転免許証に代わる運転経歴証明書があります』と実物をお見せします。運転はできないが、運転免許証と同じように身分証明書になることを説明すると、返納を前向きに考えてくれる方が多くいらっしゃいました。交通が不便な地方に住む高齢者に対しては、車に代わる移動手段を確保するなど、家族や自治体のフォローが重要です」