11月から「フリーランスも労災保険」加入のメリットは
組織に属さずフリーランスで働く人が11月から労災保険に加入できるようになった。多様な働き方としてフリーランスは注目されているが、雇用されて働く人と比べて立場やセーフティーネットが弱い。フリーランスを不利な取引から守る「フリーランス保護新法」が施行されるのに併せ、安心して働くことができる環境整備を進める。【毎日新聞経済プレミア・渡辺精一】 ◇業務上や通勤途中の災害に補償 労災保険は、業務上や通勤途中の災害で、けがをしたり病気になったり亡くなったりした場合、本人や遺族に給付を行う社会保険だ。 まず、制度の内容を確認しておこう。 社会保険には、他に公的年金、健康保険、介護保険、雇用保険があるが、労災保険は対象や保険料負担の仕組みが他と異なる。 保険料は事業主が全額負担し、労働者の負担はない。1人でも労働者を雇用する事業主は強制加入となり、正社員、アルバイト・パートなど、雇われて働くすべての労働者が対象になる。 最近、空き時間に数時間だけ働く「スポットワーク」という働き方も広がるが、雇用契約があれば労災保険の対象だ。 こうした特徴は労災保険の成り立ちに関係している。 1947年施行の労働基準法は、業務上の災害には事業主の災害補償責任を定めた。だが、現実的には、労働者が事業主の過失を問うには時間や手間がかかり、事業主に支払い能力がなかったり倒産したりすれば補償が受けられない。 そこで、早く確実に補償を行うため、労基法とセットで労災保険を作った。事業主にとっても、労災保険からの給付があれば補償責任が免除されるため、金銭的負担を直接負わずに済むメリットがある。 労災保険の給付はどの程度あるのか。 まず、労災対象になった病気やけがの治療費は労災保険から全額補償され自己負担はない。 また、働くことができず賃金支払いがない場合は、休業4日目から「休業補償給付」として、1日当たり「1日当たりの平均賃金(給付基礎日額)×80%」を受け取ることができる。それでも治癒せず、定められた傷病の等級に当たる場合は「傷病補償等年金」を受け取ることができる。 ◇フリーランスの半数超は「労災リスクが高いシニア」 だが、労災保険の対象は労働者に限られ、フリーランスは枠外にあった。 フリーランスとは、実店舗を持たず、人を雇わない事業主で、経験・知識・スキルを活用して収入を得る働き方だ。近年、企業がインターネットで仕事を発注するクラウドソーシングが広がり、単発業務を引き受けるギグワーカーも増えている。 企業と雇用関係はないが、委託された業務を行って報酬を得る点では雇用されて働く会社員に立場が近く、「雇用類似の働き方」と呼ばれる。 フリーランスの人が職場に行く途中で事故に遭ったり、業務中にけがをしたり、長時間労働が原因で病気になったりしても補償はされず、セーフティーネットが弱い。 そこで11月から、フリーランスの人でも「特定受託事業者」として企業などから業務を委託される場合、労災保険に特別加入できるようになった。 特別加入とは、業務実態や災害のリスク度合いから「労働者に準じた保護がふさわしい」と見なす場合、労災保険の加入を認める制度だ。 かつては災害リスクが高い建設業の「一人親方」などに限っていたが、21年以降、アニメーション制作従事者、フードデリバリー配達員、歯科技工士などに対象を広げてきた。 今回、それを全職種のフリーランスに広げた。政府は20年2~3月に行った調査でフリーランスを462万人(本業214万人、副業248万人)と試算している。厚労省によると、労災保険に加入できるフリーランスは270万人超と見込まれる。 特別加入で注意したいのは、一般の労災保険と異なり、働く人が保険料を自己負担する点だ。年間保険料の額は「1日当たりの平均賃金(給付基礎日額)」の365日分×0.3%。仮に給付基礎日額1万円なら年1万950円だ。 労働組合の連合が21年、フリーランスを本業とする1000人に行った調査では、約2割が仕事を原因とする病気やけがをしたことがあった。「働きやすくなるために必要と思うこと」(複数回答可)の上位には、所得の補償制度(36%)や労災保険の特別加入(19%)などが挙がる。自己負担は伴うものの補償のメリットは大きく、ニーズは高そうだ。 特に、考えておきたいのは、働くシニアの労災リスクだ。 最近はフードデリバリーの普及などから「フリーランスは若者の働き方」というイメージを持つ人は少なくないかもしれない。 だが、実態はやや異なる。総務省の「22年就業構造基本調査」によると、フリーランスの56%は50歳以上、35%は60歳以上だ。定年後、経験やスキルをもとに雇われない働き方をする人が増えている。 労災リスクは年齢とともに高まる。厚労省によると、23年の年齢別労災発生率(1000人あたりの人数)は、最も低い30~34歳(男性1.93人、女性0.98人)に対し、60~64歳は男女とも3.5人以上、65歳以上では4人以上と差がある。年齢が上がるほど休業が長びく傾向がある。リスクへの備えは意識したいところだ。 特別加入は「特別加入団体」を通じて申請する。対応する職種を限る特別加入団体が多いが、連合は8月、広い職種で加入できる「連合フリーランス労災保険センター」を設立した。 ◇トラブル多発で「フリーランス保護新法」 働き方の多様化でフリーランスは普及してきたが、働く環境の整備に向け、11月1日に「フリーランス保護新法」が施行された。 フリーランスと取引先とのトラブルは多発している。政府調査ではトラブルを経験したフリーランスは約4割。報酬支払いの遅延▽一方的な仕事内容の変更▽不当に低い報酬額――などが多い。 公正取引委員会が24年5~6月、フリーランスや取引先に行った調査でも、フリーランスの約7割が、相場より著しく低い報酬にされる「買いたたき」を受けていた。フリーランスは特定の取引先への依存度が高い傾向にあり、仕事を失うのを恐れて泣き寝入りする人も少なくない。 新法の柱は二つある。 一つは、取引の適正化だ。フリーランスに業務を委託する場合、仕事内容と報酬額を書面やメールで明示することを義務付ける。 発注者には、仕事の成果物を受け取ってから60日以内に報酬の支払いを求め、正当な理由がない場合は、受け取りを拒否したり、報酬を減額したりすることを禁じる。 もう一つは、就業環境の整備だ。発注者には育児・介護への配慮、ハラスメント行為への相談体制の整備も求める。 違反した場合、国は発注者に立ち入り検査や勧告、公表、命令ができる。命令違反や検査拒否には50万円以下の罰金を科す。 これまでも、フリーランスが働く環境整備のガイドラインはあったが、新法はそれを明確にし、罰金規定を導入したことが大きい。公取委は、違反行為の是正勧告や命令には事業者名や違反内容を公表し、被害の未然防止を図る方針だ。