はるかなり秘境駅⑤ 手を振る謎の集団 帰ってきた令和阿房列車で行こう 第一列車
373系電車を使用した「飯田線秘境駅号」が、豊橋駅1番線にゆっくりと入線してきた。 3両編成約180席は、もちろん満員御礼。 JR東海の「固有種」である373系は、丸みを帯びた先頭車両と大きな窓が特徴で、「ワイドビュー」と呼ばれていた。 「車両民族派」であるサンケイ2号君は、愛し気に「この車両は身延線の特急『ふじかわ』と飯田線の優等列車用につくられたもので、わずか42両しかつくられていません。しかも30年近くたってもガタがきていないんですよ」と蘊蓄(うんちく)を垂れる。 「特急『東海』にも使われていたのでは」と茶々(ちゃちゃ)を入れると、「そうでした。東京―大垣間の夜行電車『ムーンライトながら』にも使われていました」と、バツが悪そうに言う。 「ムーンライトながら」は、東海道線唯一の夜行普通電車として孤塁を守ってきた「大垣夜行」の後継列車としてJR移行後に登場したが、夜行バスの台頭で乗客が減り続け、コロナ禍の3年前、廃止が発表された。 心優しい2号君は、そのことに心を痛め、思い出したくなかったのだろう。 特急「東海」は、新幹線開業前から東海道線を走っていた急行「東海」を引き継ぎ、平成8年から373系特急として東京―静岡間を走っていたが、わずか11年で姿を消した。 下りに何度か乗ったことがあるが、いつもすいていて好きな列車の一つだった。 サンケイ君は、「出入り口と客室を仕切る扉がなく、特急電車らしくない」と373系に否定的なのだが、2号君に言わせると、「オープンな雰囲気がいい」となる。モノの見方は人それぞれである。 そうこうしているうちに「秘境駅号」は午前9時50分、定刻通り豊橋駅を出発した。 すると、車掌さんがいきなり「右手をご覧ください!」と声を張り上げてアナウンスした。 何事かと慌てて見ると、オレンジ色の憎いやつ(夕刊フジの別称)ではなく、オレンジ色の大きなJR東海の社旗を振っている社員が目に飛び込んできた。まさか今ごろ春闘のデモをやっているわけでもあるまいに、と思う間もなく、「豊橋運輸区一同が皆様を見送っております」と解説してくれた。 運転士さんや車掌さんたちが「飯田線へようこそ!」の横断幕やポスター片手に手を振ってくれているのだ。