小西康陽が語る65歳の現在地 歌うこと、変わり続けること、驚くほど変わらないこと
スタジオ録音としては初のヴォーカル・アルバムが話題を集めている小西康陽。旧知の間柄である音楽評論家の高橋健太郎が再びインタビューを行なった(※前回はこちら)。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 2020年の『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』から4年、小西康陽が初めて本人名義のアルバムを発表した。「小西康陽シングズ小西康陽」的な内容という点では4年前のライヴ・アルバムと重なるが、アレンジ、サウンドは攻めた作りだ。3曲目の「衛星中継」(オリジナルは1989年のピチカート・ファイヴ『女王陛下のピチカート・ファイヴ収録』)を初めて聴いた時には面食らった。こんなセルフ・カヴァーもありなのかと。過去40年間、彼の音楽は驚くほど変わらない側面を持つ一方で、音楽家あるいは音楽愛好家としての小西康陽は常に聴き続け、考え続け、変わり続けている。ソロ・デビュー作と言ってもいい今回のアルバムはそれを強く印象づけるものになった。 インタビューも4年ぶり。いつもながら緊張した。なので最初のうちは「さんづけ」で。
和声を削ぎ落とした裸のヴォーカル
―4年ぶりのアルバムですけれど、今回、本名名義じゃないですか? ピチカート・ファイヴあるいはPIZZICATO ONEで、40年ぐらいピチカートという名前のもとに音楽を作ってきた。それをやめて本名名義にした動機は何だったんですか? 小西:う~ん、重たい決意は全然なくて、去年、丸の内でライヴをした時になぜか小西康陽名義でやっちゃった。そのスコアをそのまま使って、今回レコーディングしたので、じゃあ、そのままでいいかなと。 ―なるほど。でも結果としてはどうでしたか? ピチカートという名前を背負わない、あるいはそれに隠れなくなって、自分の中で何かありました? 小西:そうですね、シンガー・ソングライターのレコードを作ったという気持ちはある。 ―おおお。4年前のライヴ・アルバムも全曲自分で歌ったものでしたが、あれは曽我部恵一さんの誘いがきっかけでしたよね。 小西:まさにそうです。 ―今回はどうだったんですか? 自分から能動的に動いた? それとも何か依頼があって? 小西:やっぱりライヴの依頼ありきですね、で、大きいコンサートをやる時っていうのは新しいアレンジの勉強のチャンスだと思っているんです。それで今回はチェロを入れた。ずばり言うと、去年の前半、チコ・ハミルトン・クインテットのレコードをずっと聞いていた。フレッド・カッツって人がチェロを弾いていて、そのチコ・ハミルトンの編成でやってみたいと思って。ただ、チコ・ハミルトンの場合は木管が一人いて、それだとヴォーカルが入る余地がなくなってしまう。 ―となると、ドラムス、ベース、チェロ、ギター? 小西:うん、でもピアノレスだとちょっと心配なので、ピアノは入れました。 ―なるほど、4年前のアルバムはヴィブラフォンをフィーチュアした編成でやるというのがテーマだったと思いますが、今回はそれがチェロになったと。 小西:そうですね。こういうアンサンブルでやりたいっていうのはいつも考えていて、例えば今一番やりたいのはパーカッションをメインにしたバンドで、カルテット・トレ・ビアンって、昔に僕、健太郎さんにレコードを借りたんじゃないかな。 ―そんなことあったっけ? 小西:ピアノ・トリオにパーカッションの編成のカルテット。僕はそれをツー・パーカッションにしたい。あと、トニー・ベネットの「Crazy Rhythm」が入ってるアルバム。それは本当にパーカッションにピアノとベースだけみたいな編成でやってる」 ―なるほど、でも今回のアルバムはピアノレスの曲も多いですよね。あるいはギターもいなくてコードレスな曲もある。前回のインタビューでは、ピアノがストレートにコードを弾いているので、小西康陽的なコード感のエッセンスが分かりやすいって、僕は言ってたんですね。ところが、今回はそのコードがまったく鳴らされない曲がある。コードに支えられない裸のヴォーカル。こんなの今までやったことないですよね? 小西:確かにやってないですね。極端に和声を削ぎ落としたアレンジは。夏木マリさんのアルバムでベースとヴォーカルだけというのはやった。あとはリミックスでヴォーカルとパーカッションだけとか。 ―小西康陽の音楽のシグネイチャー的なコード感をあえて鳴らさなかったというのは何か理由があるんですか? 小西:おっしゃってるのは「きみになりたい」みたいな曲のことだと思うんですけれど、あの曲は前作にも『わたくしの20世紀』にも入れた曲で、僕はもう入れないつもりだったんですけれど、事務所の社長さんが絶対入れろって言って、で、レコーディング前のリハーサルまでは去年のライヴと同じアレンジでやってたんですよ。ところがレコーディングの直前に閃いちゃって。僕が閃いたというのは、とあるレコードと出会ったということですけれど。チェロとヴォーカルだけの。 ―ええ? 何だろう? 小西:アーサー・ラッセル。アーサー・ラッセルを聴いて、やってみたら成立した。この録音はチェロと二人で向かい合ってやりました。