【判決要旨】資産家急死「被告が殺害、合理的疑い残る」 和歌山地裁
「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(当時77)が2018年に急死した事件で、殺人などの罪に問われた元妻の須藤早貴被告(28)を無罪とした和歌山地裁の判決理由の要旨は次の通り。 【写真】判決の言い渡しを聞きながら、ハンカチを目元に当てる須藤早貴被告=2024年12月12日、和歌山地裁、絵・岩崎絵里 【起訴内容】 18年5月24日の午後4時50分~8時ごろに、同市の野崎さん宅で、殺意を持って、何らかの方法で致死量の覚醒剤を野崎さんに飲ませ、同日午後8時~10時ごろに急性覚醒剤中毒で死亡させた。 【争いのない事実】 野崎さんは同市で酒類販売会社など複数の会社を経営する資産家だった。被告は17年12月に野崎さんと知り合い、18年2月に結婚。その後も東京で生活していたが、5月以降は野崎さん宅で生活していた。 被告は同年4月にインターネット上の掲示板を通じて、電話で覚醒剤を注文し、野崎さん宅近くで、密売人からポリ袋入りの封筒を受け取った。 事件当日の午後10時半過ぎ、野崎さんが2階の寝室のソファで動かなくなっていると被告が家政婦に知らせ、119番通報。救急隊員が死亡を確認した。解剖を担当した医師らによると、死因は致死量を超える覚醒剤を飲んだことによる急性覚醒剤中毒で、摂取量は少なくとも1.8グラム。 【検察官の主張】 推定死亡時刻から考えて、覚醒剤を摂取した時間帯は、午後4時50分~8時ごろだが、被告はその時間帯、野崎さんと2人きりで家におり、少なくとも8回は野崎さんのいる2階に上がっていた。事件前の約1カ月間は多くて1日3回だった。被告が犯人であれば、覚醒剤を摂取させる、様子を見る、証拠を隠滅するなど何度も2階に上がる合理的な理由があるが、犯人でなければ不自然だ。 被告は、野崎さんから毎月支給される100万円や遺産などの目的で結婚した。一方、同年3月以降、離婚したいなどと言われ、離婚前に殺害する動機があった。 被告は事件前、ネットで「完全犯罪」「覚醒剤 過剰摂取」などと検索。事件後も「殺人罪 時効」などと検索し、友人には捜査に協力しないよう依頼した。 野崎さんはネットも使えず、覚醒剤との関与を疑わせる事情もなく、健康に気を使っていたことなどからして、以前から覚醒剤を使用していたとは考えられない。野崎さんの生前の言動から、事故や自殺は考えられない。 【判断の骨子】 被告が事件当日、野崎さんに覚醒剤を摂取させて殺害することは可能だったが、4月に密売人から渡されたものが覚醒剤だったとは言い切れず、被告が1階と2階を行き来していた間の野崎さんの状態も不明だ。被告が野崎さんに覚醒剤を摂取させたとまでは推認できず、検索履歴とあわせてもこれは変わらない。第三者の他殺や自殺はないと言えるが、事故の可能性がないとは言い切れない。結局、被告が殺害したことについては合理的な疑いが残る。 【被告に犯行が可能だったか】 覚醒剤は苦みがあるが、野崎さんは夕食時にビールを飲む習慣があり、食事に同席していた被告なら、苦みのあるビールに紛れて飲ませることなどは可能だった。 【事件当日の被告の行動】 被告が2階に上がった際、何をしていたか推測はできない。事件とは無関係の理由で2階に行っていた可能性も否定できない。1階と2階を行き来していた時間帯に、野崎さんに症状が表れておらず、被告が異変に気づかなかった可能性もある。異変に気づかなかったという被告の供述がウソでも、犯人と直ちに推測はできない。 【動機】 野崎さんが死亡すれば、妻として億単位の遺産を相続できる。被告は財産目的で結婚したと認めており、殺害の動機となりうる。一方、離婚をめぐる野崎さんの行動は、被告に対し、自分の意に沿う行動をとらせる手段と見ることもできる。離婚などの恐れが具現化していたとは言えず、被告が殺害したと強く推認はできない。 【検索履歴】 事件前の検索履歴は、覚醒剤の注文に関連したものと考えられるが、殺害を計画していなければあり得ないとは言えない。事件後の検索も、自身が犯人として疑われていたことによる不安などから検索した可能性がある。検索自体が、被告の犯行を推認させるとは言えない。 【被告による覚醒剤の注文】 被告に品物を渡した密売人は、中身が本物の覚醒剤と目で見て確認したと供述する。だが、暗い路上で明かりで照らしており、本物かどうかを確実に識別できたか疑問だ。注文を受けた密売人が供述するように、氷砂糖だった可能性もある。 【自殺や事故の可能性】 生前の言動から、野崎さんの自殺は考えられない。一方、人脈や行動範囲の広さから、覚醒剤の入手は不可能ではない。2階からポリ袋は見つかっていないが、1階で使用した可能性もある。生前、野崎さんが知人に「覚醒剤やってるで」などと電話した出来事からも、野崎さんが何かのきっかけで覚醒剤に興味を持ち、入手したことを完全に否定できるか疑問が残る。 【結論】 以上の検討を踏まえて総合評価すると、被告による殺害を疑わせる事情はあるが、被告が野崎さんを殺害したと推認するには足りない。さらに消去法で検討しても、野崎さんが事件当時、初めて覚醒剤を使用し、誤って致死量を摂取して死亡した可能性がないとは言い切れない。
朝日新聞社