映画『ボーはおそれている』アリ・アスター監督×大島依提亜×ヒグチユウコ【座談会】最新作やポスターデザインについて語り合う
最近のホラーは好きではない
大島:『あなたの死後にご用心!』はテンポの良い映画ではなくて、会話がやたらと長かったりします。ホラー作品にも同様に、いわゆる出来のいい映画とは違う、ある種の「不快や不愉快のサービス」と言えるものがあると感じていて。今作はホラーではないものの、アリ・アスター監督の作品にもこうした点があるように思います。 アスター:そうかもしれませんね。期待通りに運ぶ映画は怠惰だと思います。私はホラー映画が大好きですが、昨今はトレンドがあって、観客を檻に閉じ込め、それをガタガタと揺らすようなやり方は嫌いです。 ヒグチ:最近のホラーでよかったものはありますか? アスター:少し前ですが、ナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』(2016)は素晴らしかったです。不可解さと寛大さがあって、つねに変化していくのが面白い。ただ、最近ではなかなか思いつきませんね。 大島:『哭声/コクソン』も『ボー』と同様、コロコロとタッチが変わる映画かもしれない。
映画の「歪み」を表現したポスター
──監督は、今回ヒグチさんと大島さんが手がけた『ボーはおそれている』のポスターをどう思われましたか? アスター:本当に大好きですね。映画そのものを体現しているポスターだと思います。本作はファンタジーでもありますが、そうしたファンタジックな部分も取り入れてくれて。またボーが携帯で電話をかけている重要なシーンを取り上げてくれて、嬉しく思いました。 ヒグチ:パジャマ姿ではないシーンを描きたかったんです。 大島:ボーはパジャマ姿と普通の服を着ているときの差があんまりないのが興味深いです。だるんとしていて。 アスター:そうですね。つねに自分自身に居心地の悪さを感じて、消え失せたいと思っている人だから、着ているものもルーズなんです。 写真を使ったポスターのアートワークは、この歪みが面白いですね。本作は歪んだ映画で、カートゥーン的な要素もありますから、そうした点も活かしてくれたと思います。 大島:写真も歪ませました。ダリみたいに。 アスター:本当にダリみたいですね。とてもいいです。 大島:じつはこのポスターを作っているときに転んで顔を強打して……(写真を監督に見せる)こんなふうにボーと同じ怪我をしてしまったんです。 アスター:痛そう! 一同:(笑)。 アスター:ポスターが2種類あるのがいいと思っています。ひとつはエレガントで、もうひとつはコメディ的なオフビート感が出ている。私はホラー監督として知られていますが、このポスターに惹かれて映画館に足を運んだ人の期待を裏切ることはないでしょう。そして終わった後に振り返ってみると、このポスターで表現されていた要素が改めて沁みてくると思います。 大島:今作は、監督の初期の短編を思い出させる、原点回帰的なところもあると感じました。ブラックコメディだからかな。 アスター:短編は未だに見られるんですが、本当は消し去りたい。だって練習として作ったものですから。 一同:(笑)。 ヒグチ:でも私、監督の短編大好きです。 アスター:ありがとうございます。『ボー』はこれまでの作品の中で、いちばん自分らしいと思います。なぜなら私の初恋はブラックコメディでしたから。 ──今回ヒグチさんは『ボーはおそれている』だけでなく、『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』の過去2作品も合わせて描いていますね。 大島:『ボーはおそれている』の絵を依頼されたんですが、ほかの2作も描いちゃったんだよね。 ヒグチ:『ヘレディタリー/継承』はまだポスターとしては描いていなかったから描きたかった。『ミッドサマー』は以前のポスターも気に入っているけど、3作のポスターを三角形のモチーフで揃えて改めて描きました。背景の太陽はホルガ村の入口のところ。公開時にホルガ村のホームページが作られていたでしょ。インチキ臭さがものすごく本物っぽくて、あのようなイメージで描きました。 大島:今回はけっこうネタバレというか、ストーリーの核心に触れていますよね。 ヒグチ:すでに公開から年月が経っているし、どうしてもあの三角が描きたかったから。それに『ボー』を観に来るお客さんには、『ミッドサマー』は当然観ておいてほしいなと思って。『ボー』のポスターも、私としてはクライマックスシーンですが……。 大島:でも、まだ観ていない人にはわからないよね。 ヒグチ:そうですね。『ボー』には前作ほど明確な三角形モチーフが登場するわけではないんです。ただ劇中の、ある舞台が登場するシーンから着想しました。私は監督のすべての作品に舞台的な要素が共通すると思っていて。 アスター:そうですね。ポスターのイラストでは『ボー』の劇中劇のシーンを取り上げてくださって嬉しいです。幕が開いて、木があって……本作が技巧を凝らして撮影されたということをよく汲み取ってもらえたと思います。このシーンは彼の人生そのもの。彼はまさに母親が用意した舞台の上で踊らされている主人公ですから。母親が神のように上から視線を注ぎ、支配している。今回の映画にはいろんな要素を散りばめているから、それらを拾ってくれていますね。 大島:3時間もありますから、これまでの作品の凝縮度に比べたら多少希釈されるのかと思いきや、もっともっと要素が凝縮されていた。見終わってぐったりしました(笑)。 アスター:疲れて正解。人生も疲れますから。