寺のたんす開けたら光秀の書状 「惟任」時代に「明智」と記す
滋賀県立琵琶湖文化館は19日、聖衆来迎寺(大津市)で、45年ほど前から所在不明だった明智光秀の寄進状がたんすから見つかったと発表した。「惟任」姓だった頃に「明智」と記しているのが珍しいという。 1577年に坂本城主だった明智光秀が聖衆来迎寺に出した寄進状で、仏供料(仏を供養するための米)約78石を寄進する内容。 戦前に東京帝大(現東大)が調査し、光秀と地域寺院の関係性を知る重要史料とされてきたが、その後、原本は不明となっていた。 今年10月に寺の住職が先々代住職のたんすを整理していたところ、包み紙に包まれた寄進状を発見した。