「早朝に通院、4時間の透析を終えてから出社」「飲みたいのに、水も飲めない」…多くの人が知らない「働く透析患者」の過酷な生活
透析と水分コントロール
一緒に暮らすようになって驚いたことの一つは、透析患者の水分制限の厳しさだ。 ほとんどの透析患者は、尿が出ない。だから透析では「老廃物」や「毒素」を取り除くのと同時に、排尿できない「水分」も除去せねばならない。 患者はそれぞれ、水分を引ききった状態の基本体重「ドライウェイト」を設定する。毎回の透析で、ドライウェイトから増えた水分量を引き、透析終了後には必ずドライウェイトに戻す。体重の増加量の目安は、全体重の6%以内。林はドライウェイトが63前後だったので、増加は3少々に抑えるのが目安だった。 透析を終えてドライウェイトに戻った身体は、いわば最大限に水分を抜いた、もっとも干からびた状態といえる。彼が透析を終える午前11時過ぎにクリニックに迎えに行くと、体がひとまわり小さくなったように感じたものだ。頭から首、肩にかけてのラインが痛々しいほど細く浮き上がり、骨格まで見てとれるようだった。 「火・木・土」の透析のうち、中1日の木・土はともかく、中2日になる火曜日は、水分の増加量がどうしても多くなる。 除水量が増えると、透析は辛い。時間あたりの除水量が増えることで、筋組織への血流量が減り、足がつる。低血圧も引き起こす。血圧が下がりすぎると、安定して透析器を稼働させることができなくなる。 透析中の低血圧は怖い。命を失う恐れもある。透析中は常に血圧測定器のカフを腕に巻いて、定期的に血圧を測定するので、血圧が危険水域に下がったらブザーが鳴るなど安全対策がとられている。それでもベッドの上で意識を失ったまま長く気づかれず、死に至ったりするケースも稀にある。実際、林は透析中に、救急車で大病院に運ばれた患者を何度か見たことがあると話していた。 若い患者や、透析が始まって間もない患者は、少々、多めに水分を引いても平気だ。しかし透析期間が長くなると、血管などが傷み、体に堪える。だから無理をして一度に引こうとせず、残った分を次回の透析に宿題として持ちこす。それが段々と積みあがっていけば、体はむくんで胸にまで水がたまり、呼吸困難を引き起こす。 そういうわけで透析患者は、平素から水分摂取を控えることが大事になる。林も1日500の制限があった。水、酒、お茶、コーヒーなど、すべてあわせてペットボトル1本分というのは、かなり厳しい自制を要する。たったマグカップ1杯でも、すぐ200を超える。何を飲むにも、チビチビと喉を潤す程度に抑える感じだ。 日常生活でイベントがあると、水分制限は特に大変になる。たとえば番組の打ち上げ。ビールやお酒をどのくらい飲むかを逆算し、朝からずっと水分を我慢して過ごす。しかし宴席で盛り上がると、つい手が伸びる。すると真夜中、胸が苦しくなって目が覚める。林は横になっていると水が胸に上がってくるので、座って寝ていたこともある。 飲みたいのに、飲めない、その渇望感はそうとうなものだ。 「1日たった500しか飲めないんなら、いっそ全部をアルコールにしたい」 冗談交じりに言う無茶も、どこか切なく響いた。 夏場だけは汗をかくので、少し多めに水分を取ることができた。 林は毎週末、会社の仲間とテニスをしていた。一番の目的は、運動することではなく、汗をかくこと。運動量の多いテニスは、夏場の炎天下に2時間ほどプレイすれば、1~2ℓもの汗をかくことができる。プレイ終了後、更衣室の体重計でどのくらい体重が減ったか(汗をかいたか)を計り、減った分だけビールをグビーッと一気にあおる。その快感は何ものにも代えがたい、と恍惚として語っていた。身体に良いわけがないのだが、平素の我慢を考えると止めるのもしのびなかった。 水分摂取の計算外とされる食べ物も、カレーやスープ、味噌汁など水分の多いものは体重を増やす。特に中2日となる週末は、重量のある食事は危険。身体に水分を呼び込む塩分の摂取も、1日6g以内が理想だが、これもまた管理が大変だった。 たとえば、スーパーの店先に並ぶお惣菜。ラベルに小さく記された塩分相当量など、これまで気にしたこともなかったが、よく見ると手のひらサイズのおかずに2~3gの食塩が入っていることはザラで、それだけで1食分に相当する塩分だ。ラーメンなど最初から危険と分かっている食品ならまだしも、「おふくろの味」を演出するお惣菜が暴力的ともいえる塩分を含んでいるのには閉口した。だから安易に惣菜に手を出すのは控えた。 * さらに【つづき】〈家族でさえ知らない、透析患者が抱える「最大の苦痛」とは?「普通に歩いて通院できる」「見た目は健康な人と何一つ変わらない」が〉では、透析に立ちあう様子が描かれています。
堀川 惠子(ノンフィクション作家)