中学受験の主役は誰? 母親たちを主人公に親子の葛藤を描く『合格にとらわれた私 母親たちの中学受験』著者インタビュー
中学受験は年々激しさを増していて、ひと昔前に比べてずっと身近になっています。子どもの中学受験を検討している、まさに今受験に向けて頑張っている、という方もいらっしゃるかと思います。 【漫画を読む】『合格にとらわれた私 母親たちの中学受験』を最初から読む 中学受験は子どもだけでなく、親にとっても大きな試練となります。時には、親のほうが熱を入れすぎてしまったり、対立して親子関係に亀裂が入ってしまったり…。そんな中学受験を舞台に親子の葛藤を描いたのが、『合格にとらわれた私 母親たちの中学受験』。中学受験に挑む3家族のそれぞれの苦悩と、それを乗り越えるまでを描いたセミフィクションです。 そしてタイトルからもわかるように、本作の主人公は「母親」たち。著者・とーやあきこさんは、どのような思いで描いたのでしょうか?お話を聞きました。 ■3家族のさまざまな感情がうず巻くストーリー 主人公・真澄は一人娘の綾佳が小学3年生のころ、中学受験に挑戦させることを決めました。最初はわが子を信じて応援していましたが、綾佳の成績が伸び悩むように…。小学4年生から通わせている中学受験用の塾でも、目指していたクラスに上がれないまま6年生になりました。 かつて、自分が中学受験を諦めたというトラウマがある真澄。過去の自分と綾佳の姿を重ね、強くあたるようになってしまいます。 一方、綾佳と同じ塾に通い、一緒に中学受験に向かって頑張っているのが、天真爛漫なまりんと成績優秀な優也です。 まりんの母・かなえは、常に明るく振る舞いながらも、自分たちを「下」にみている真澄にどこか不信感を抱きます。 またクールでかっこいい優也の母・潤子も、実は学歴コンプレックスを抱えていて、高学歴の夫の意見に逆らえず…。 母親のトラウマやコンプレックスとの闘いにまで発展していく中学受験。その結末とは…? ■多くの人が共感できる「中学受験」をテーマに ――この作品は第15回新コミックエッセイプチ大賞を受賞した「『勝ち』にとらわれた私」に続く2作目となる作品だそうですが、「中学受験」というテーマを選んだきっかけを教えてください。 とーやあきこさん:私自身も、いつか中学受験のお話は描きたいと思っていました。前作の「『勝ち』にとらわれた私」が将棋という少しマイナーなテーマだったため、「もう少し多くの方が共感できる『中学受験』をテーマにしてみては?」と、編集部の方からアドバイスをいただいたのがきっかけですね。 ――漫画を描きはじめたのはいつからですか? とーやあきこさん:たしか30歳だったと思うのですが、クリスマスにサンタクロースの落書きを旦那にプレゼントしたら、「良い絵だね!」と褒められたんです。美大卒の旦那に褒められたことが嬉しくて、数年間漫画の描き方を独学し、とある雑誌に応募して賞をいただいたのですが、次につながらず…。しばらく漫画から離れていました。でも最後のチャレンジと決めて応募した第15回新コミックエッセイプチ大賞を受賞させていただき、今に至ります。 ――最後のチャレンジが実を結び、本作で単行本デビューを果たしたということですね! とーやあきこさん:単行本を出していただけるとわかったときは本当に嬉しかったです! それと同時に、不安もありました。話題のシリーズである「立ち行かないわたしたち」(※)の一冊として発行するからには、このシリーズに迷惑をかけないようにしなければ…と、とにかく必死でした。 ※編集部注:「立ち行かないわたしたち」は、思いもよらない出来事を経験したり、困難に直面したりと、ままならない日々を生きる人物の姿を描いた、コミックエッセイとセミフィクションのシリーズ。シリーズ作品に『わたしが誰だかわかりましたか?』『母親を陰謀論で失った』『娘がいじめをしていました』などがあります。 ■根底にあるのは、子を大切に思う気持ち ――サブタイトルにある「母親たちの中学受験」というのが印象的です。子どもではなく、母親を主人公に作品を描こうと思われたのはなぜですか? とーやあきこさん:私の子どもは話し合いの結果、中学受験をしなかったのですが、周囲に中学受験を経験したママ友がたくさんいました。みなさん、まるで自分自身が受験を控えているのかのように、もしくはそれ以上の熱量をもって、子どもと一緒に挑もうとしていたんです。その真剣な姿を目にし、中学受験のお話を描くのであれば保護者側の視点に立って描きたいと思いました。 ――作品を描くうえで、取材はされましたか? とーやあきこさん:中学受験をしたお友達がたくさんいたため、本当に多くの保護者の方からお話を聞かせていただきました。ほとんどの方が、受験が終わって数年経った今でも当時の資料やノートを大切に保管していたことが印象的でした。みなさんノートを広げながら当時の思い出や悩み・辛さなどを話してくださったのですが、「あの子、よく頑張ってたんだよね」とおっしゃっていて…。そのときの優しい目が、ぐっと心に残りました。実は、単行本の表紙裏に登場する写真のノートも、お友達からお借りしたものなんですよ。 ――中学受験は、特に当事者親子にとってはデリケートなテーマですよね。ストーリーを考えるうえで、心がけたこと・大切にしたことはありますか? とーやあきこさん:中学受験に関しての考え方や向き合い方は家族によって違いますが、子どもを大切に思う気持ちはみなさん同じだと思うので、「正しい・正しくない」といった考え方だけは絶対にもたないように心がけました。また、「どれだけ取材を重ねたとしても、わかった気にならない」と自制しながら、中学受験をした方々への尊敬の気持ちを忘れないよう、心に決めて描き切りました。 * * * 「親子の受験」とも言われる中学受験。経験したことがある人も、そうでない人も、とーやあきこさんがリアルかつ丁寧に描く、子どもを思うからこそ生じる親の葛藤に共感せずにはいられません。 取材・文=松田支信