社会に出たときに「学力」より重要なスキルとは 新渡戸稲造の教えから学ぶ「見つけ、行動し、周りを巻き込む」力
「だれかのために」の学び
難関大学に受かるための教師の役割は自分でなくてもよい。自分はわくわく学ぶ生徒を育てたい――プログラムによる体験を通して、山藤さんは強く感じたという。 次は島嶼(とうしょ)部にある学校か定時制、商業高校などを希望していたが、また中高一貫の進学校に配属された。 そのような思いをもっていたところ、新渡戸文化学園の理事長が変わるタイミングで声がかかり、2019年に転職を決意した。 その当時、同校は高校も中学も定員割れしていた。そのような中で、統括校長補佐として、現場の先生方とともにこの学校の教育に関してあるべき姿を考え、目標設定を行った。 初代校長であった新渡戸稲造の考え方「知っていても行動しないのは知らないのと同じ」という意味である「知行合一(ちごうごういつ)」を大切にし、プロジェクトベースドラーニングなど「行動すること」にこだわった教育をデザインした。 新渡戸稲造が伝えていたとされる「自分が生まれた時からこの世を去るまで、周りの人々が少しでも良くなれば、それで生まれた甲斐があるというものである」という言葉をベースに、利他的な想いで学ぶ生徒を育むことを目指し、社会や他人を意識させ、自分と社会の幸せのために行動を起こせる「ハピネスクリエーター」というコンセプトのもと、「だれかのために」の学びを進めていった。 総合学習(探究学習)の時間も週2コマから4コマ、4コマから6コマと増やし、3年目では水曜日を全日探究する日に設定した。先生同士による考え方の合意形成と考え方の注入をしたあとは、やり方は問わない方針だ。
行動する生徒を育てるために
山藤さんは一般社団法人「旅する学校」の代表理事でもある。 全国には様々な素敵な場所がある。しかし、学校の行事やプログラムとして行くのは、既存ルールなどがあってむずかしい。であれば、個人旅行の延長として、保護者の了解のもとで引率なしでも旅ができるスキームを構築できないだろうか――それがこの団体を設立した目的だった。 現在、生徒たちは10カ所を超える地域を訪れているが、教員が引率しているのはわずか1カ所程度だ。 ◇ 小学校から新渡戸文化学園に通っていた卒業生の大澤結穂さん(女子美術大学芸術学部共創デザイン学科1年)は、中学2年のときに山藤さんが赴任してきたという。 環境問題に興味があった大澤さんは、アースデイ東京のイベントに山藤さんに薦められて参加した。他校の生徒たちが環境問題に関して積極的に活動していることを知り、自分自身も行動を起こすきっかけになった。中学3年から始まる「ラボ活動」でも、山藤さんのラボに入った。 高校時代には、フィールドの一つである東京都檜原村でFSC認証普及活動に関するワークショップを実施。自ら行動することを覚えたことで、とても活動的になったと感じている。 自分の気持ちをベースにした「内発的動機付け」によって行動できるようになり、オーガニックコトッン、大豆ミート、ジビエ、防災などのプロジェクトを次々と実現していった。 「山藤先生は少年みたいなところがあり、先生自身が楽しんでいるから、共感し行動できた面も大きい」という。興味の対象を一つのことに絞るのは不得意だけれど、多くのことに興味を持つことができる今のままでよいと思っている。 ◇ 絵本作家の肩書も持つ保科宇里さん(法政大学現代福祉学部1年)は、新渡戸文化学園に高校から入学した。学校説明会で山藤さんの話を聞いて、この高校に行こうと決めた。「山藤先生はとても目が輝いてみえた」という。 入学後、山藤さんに動物に関するテーマに興味があると話をしたら、動物実験の代替を進めるNPOを紹介されて、そこで取材をさせてもらい、絵本を作るという活動につながったという。 最初はスタディツアーとして参加した二木島(三重県熊野市)での活動では、「新姫(にいひめ)」という果実があることや、高齢化が進む農家の課題の話を聞いた。数名の仲間が交代で現地に足を運び、オンラインでも活動した。いつもきっかけを与えてくれたり、人脈をつなぐなどサポートをしてくれたりしたのが、山藤さんだった。 大学の総合型選抜受験を目指して自分自身を振り返ったとき、いくつものテーマに取り組み行動していたことが強みだと感じた。一つの分野だけではなく、組み合わせで様々な新しい視点を得ることができたからだ。 中学まではどちらかといえば引っ込み思案で、教科書だけで学んでいた。山藤さんに出会って、スタディツアーの授業を受けて活動することにより、ものごとを「自分事」としてとらえられるようになったと感じている。 職業というのは一つを選ぶものというイメージだったのが、高校時代の探究学習を通じてそれは変化してもよいものだと考えるようになった。将来のキャリアも意識しはじめる中で、今はそう考えているという。 ◇ 現在2人は一般社団法人「アンカー」のインターン大学生として活動しており、筆者はその代表として一緒に活動しているが、「探究学習」をきっちり学んできた最初の世代と感じている。 自分で興味分野を見つけ、行動し、周りを巻き込むことを連続性をもってできる基礎スキルがある。このスキルは社会に出たときに、学力が高いことよりも重要だ。 2人の活躍のフィールドは、東川町(北海道)での農業に関する教材制作や、式根島(東京都)における観光プロジェクトなど、大学に入学してさらに広がっている。