無味乾燥な「機械的な公平」報道 ── 水島宏明氏に聞く(2)
衆院選に先立ち、自民党がNHKや在京民放テレビ局に対し選挙報道の「公平中立、公正」を求める要望書を出しました。昨年の参議院選挙直前に自民党が行った「TBSへの出演・取材拒否」や、テレビ朝日の「椿問題」(1993年)など、政治とテレビはいつも微妙な力関係にあります。なぜ、テレビの選挙報道は中立性や公正さが求められるのでしょうか? 現状のテレビ報道のあり方、課題は何なのでしょうか? 元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクターで法政大学社会学部教授(テレビ報道)の水島宏明氏に聞きました。 --------------- 選挙が公示(通常の国政選挙の場合は「公示」と呼びます。地方選挙や国政選挙でも補欠選挙や地方選挙は「告示」と呼びます)されて投票が終わるまでの間を「選挙期間」と呼びます。 この「選挙期間」の間は、テレビ局内では『公職選挙法』が強く意識されます。「選挙の公正」を妨害する形になっていないか、ニュースを放送する時には神経質なほど慎重に放送されます。 たとえば、選挙区ごとの報道であれば、届け出順で候補者を紹介していきます。その際に国会に議席がある主要政党の候補者や無所属でも有力な候補者の場合は、遊説風景などの映像や本人のインタビューも取材した上で放送されます。それぞれの候補の紹介に振り分ける秒数も大きく違わないようにほぼ同じ長さにします。 しかし、その他の候補は泡沫候補といって、当選する可能性がない人たちも立候補しています。この「泡沫候補」については「この他に以下の方々が立候補しています」と言って、候補者名(と顔写真)を短い秒数だけまとめて紹介するという形でそれぞれの立候補者を全員伝えます。 全国的な選挙情勢などのニュースだと、政党ごとに前回までの議席数の順番で与党、野党とそれぞれの党首クラスの遊説風景や演説内容をほぼ同じ秒数で割り振りながら、伝えていく、ということになります。 これまで議席がなかった「泡沫政党」や「泡沫候補」については「とりあえずは伝えた」というアリバイ的な紹介になります。テレビ局の側から言えば、本来は当選する可能性がゼロなので伝える必要性は乏しいが、公職選挙法の縛りがあるので選挙期間中は「お約束」として伝えている、といった意識です。