舌がん「完治」の堀ちえみさんが仕事復帰までの道のり語る―ネクストリボン2024
◇第1部 パネルディスカッション「患者を生活者としてとらえるには」
第1部の最後は、堀ちえみさんらがんの経験者と、基調講演を行った大野真司さん(相良病院院長)らによるパネルディスカッションが行われた。発言要旨を紹介する。
細田満和子さん(星槎大学大学院教授/アフラック・インコーポレーテッド社外取締役)
いまだに社会では、がんは不治の病、がんになったら仕事を続けられるのか、という懸念がある。患者本人も、動揺したり絶望を感じたり、治療に専念しなければならないと考えたりしがちだ。そうなると、患者は社会から切り離されたり、社会参加が難しくなったりする。背景にあるのは、がんやがん患者に対する偏見や“スティグマ”といわれる負の烙印(らくいん)付けではないか。 がんに限らず、何らかの病気になったらこのように行動すべきだという社会的な規範役割が付与される。タルコット・パーソンズ(米社会学者)は「2つの権利と2つの義務」という観点から定式化した。病人には「社会的役割を免除される権利」「病気から回復する権利」がある。それに対応して「通常の役割を遂行できるようになる義務」「医療専門職と協力して回復に努める義務」があるとしている。ただ、これらは1950年代に提唱されたもので、念頭に置かれていたのは感染症などの一時的な病気だった。現代では病や障害と共に生きるという考え方が出てきており、異なる捉え方を持つことが必要ではないかといわれている。 がん患者は、病気になったので人生を諦めるという方向に向かいがちだ。患者となることで社会から隔離され、再び社会に戻るという回路が閉ざされてしまう。これは「社会的疎外」といわれる状況で、社会とのつながりが極めて弱くなる。 今、多くの患者が異なる生き方を示してくれている。治療を受け、体調の変化があるにもかかわらずスティグマや差別から解放され、仕事ややりたいことを続けていく。これはがんと共に生きるという新しい病人役割といえるのではないか。 がん患者を力づけるために、さまざまな関係者が協力することが大事だ。医療機関や関連学会だけでなく、企業や団体も連携することによって、がん患者を支える社会全体のしくみを作ることができると思う。 2020年末に自分の大腸がんが見つかった。それほど動揺はせず「早く手術や治療をしなければ」という気持ちだった。悩ましく思ったのは、それを家族や職場に、いつ、どのように伝えるか、だった。それは、社会や企業ががん患者に対してどのような見方をするのか十分に理解できていなかったからだ。臨床心理士から「言いたいと思ったときに言えばよい」と言葉をかけられ、納得できた。自分ががんになったときに一番大事だと思うのは、相談できる、会社や家族に言いづらい気持ちを表出できる場があることだと思う。 がん患者に対する周囲のサポートで必要なことは「がん患者を正しく知る」「多様性を尊重する」ことだと考える。患者はそれぞれ価値観や考え方も異なる。“沈黙”も含めたコミュニケーションによって相手を正しく知り、何ができるか、どのような支援があったらよいかを考えることが大事だ。また、それぞれの違いを尊重してこそ、新しいニーズや新しい見方を発見でき、場合によってはイノベーションにつながるかもしれない。違いを排除するのではなく包摂することで新しい価値や豊かさに出合えるのではないか。 患者側から希望を伝えることは難しく、会社を辞めたりやりたいことを諦めたりする気持ちになるかもしれない。しかし、それらを乗り越えた“病気の先輩”の知恵や交渉の仕方から勇気をもらうなどして、自分だけで抱え込まずに助けを求める勇気を持ってほしい。