アイヌ語では「トイレに行く」をどう言うか? 『ゴールデンカムイ』監修者が明かす、あの場面の裏話
絵から学ぶアイヌ文化#1
現在、実写ドラマが放送され注目を集めている『ゴールデンカムイ』。同作には多くの名場面がありますが、ちょっとしたアイヌ文化の知識があると、より深く楽しめるようになることは間違いありません。 【画像】アイヌ語で「うんちをする」ときにいう言葉は? 今回はドラマ第2話で登場したある場面を題材に、同作でアイヌ語監修を務めた中川裕氏による新書『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』より一部を抜粋してお届けします。
トイレは、家に対してヌサ(注:幣柵。カムイを祀る祭壇)とは反対の方向――つまり日高地方や胆振(いぶり)地方ではチセ(家)の北西側に、少し離して建てられます。家に対して、道をはさんだ向こう側に建てるものだという記述もあります。 『ゴールデンカムイ』6巻49話で、杉元と白石がトイレに行ったついでにか、あるいはトイレに行くふりをして、出会ったばかりのキロランケについて評定(ひょうじょう)をしている場面があります。 そこでは男性用のトイレと女性用のトイレが並んで描かれています。男性用の方が家に近い位置にあり、家のような屋根がついていますが、女性用は三角の仮小屋のような形になっています。 ここでは男性用と女性用がほぼ並べて建てられているように見えますし、各地のアイヌ関連の施設でモデルハウス的に建てられた昔風の家でも、だいたいこんな感じで配置されていますが、それはスペースの関係によるもので、資料に基づけば女性用は男性用よりさらに4、5メートル離して建てられることになっています。けっこう離れていますね。 千歳(ちとせ)地方では、この男性用と女性用の間に穴が掘られていて板が渡してあり、それが子供用のトイレだったという話も聞いています。子供用のものには覆いは何もありません。足を踏み外して落ちてしまってもすぐにわかるように、何も囲いをしていないのだという話でした。
トイレをアイヌ語ではなんと呼ぶか
ところで、トイレはただ地面に穴が掘ってあるだけですので、用を足していくとどんどんたまっていきます。昔の和人のトイレも同じ構造でしたが、糞尿がたまって来たら近郊の農家の人たちが汲み取りに来てくれたものでした(後にはバキュームカーになり、さらに水洗になってそんな光景も見なくなってしまいましたが)。 それはもちろん、たまったものを下肥(しもごえ)として畑の肥料にするためです。しかし、アイヌも昔から畑作りをしていましたが、下肥を撒くことはしませんでした。畑の作物はみんなカムイで、カムイは汚いものが大嫌いですから、汚い下肥などを畑に撒くのはとんでもないことだったのです。 では、アイヌの昔の家屋の場合、トイレがいっぱいになったらどうするのかというと、他のところに穴を掘って、また新しくトイレを作ったのだそうです。 そこで私が考えたのは、トイレのことをアイヌ語でアシンルと言うのはなぜかということでした。アシンルの語源には諸説ありますが、私はアシㇼ「新しい」ル「道」だと思っています。小さいㇻ行音はラ行音の前ではンに替わるのがアイヌ語の発音の規則なので、アシㇼルは、アシンルとなります。 そして、トイレの意味を直接的に表しているのはルの方。なぜなら、男性用トイレのことをオッカヨ「男」ル、女性用トイレをメノコ「女」ル、トイレのカムイのことをルコㇿカムイ、つまり「ルを管理する」カムイと言うからです。でも「道」を表すルがなぜトイレの意味になるのでしょう? これはたぶん婉曲(えんきょく)語法――つまり直接指すのを避ける言い方です。日本語でも便所というような直接的な言い方はなるべく避けて、お手洗いとか、外来語であるトイレなどの言葉を使うのが普通です。つまり、それとわかるような遠回しな言い方ですね。 トイレのことを「道」と呼ぶのもそのような婉曲語法だと思います。外にあって、毎日みんなでそこに通っていたら、当然そこには道ができます。そして、トイレがいっぱいになって新しいトイレを作ったら、そこにまたアシンル「新しい道」ができるわけです。
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