途中で何度も「もうダメです」と編集者に泣きごとを言って…時代小説の新星・高瀬乃一が創作秘話を語る
◆引き込まれていく高瀬作品の創作の秘密とは
――高瀬作品は会話、心情、地の文を含め、描写力があって引き込まれます。 高瀬 私は気ままに読書をしているだけの人間だったので、難しいことを書かれると困っちゃうタイプでした。今、子どもたちが本を読んでくれない時代なので、中学生、高校生が読みやすい文章にしたいとは思っています。 ――お子さんは? 高瀬 娘が三人いて、上の子は社会人二年目、その下が高三と中三です。実は一番下の娘のことが『春のとなり』に影響している部分があるんです。中学一年の終わりから起立性調節障害になってしまい、血圧が上がらず朝起きられないし、頭痛もひどくて、ちょうどこの小説を書いている時期に学校に行きたくても行けなかった。その時に食の大切さ、薬の大切さ、そして適切な治療の必要性が身にしみました。それもあって薬屋という設定が自分の中にあったのかなと思います。 ――その思いは本書で生かされていますね。 高瀬 この話はしていいと娘に許可を得てきたんですが、当時は娘自身も精神的にとてもきついし、こちらのメンタルもやられて、それもあってさきほどの「もうダメです」という泣きごとを言っていたわけです。でもとりあえず子どもが生きていればいいやと開き直ったら、道が開けて書けるようになりました。そういう目に遭いながらも、小説のネタになるかもと思う自分もいて。現在は体調が良くなり、学校に行けるようになった娘に言われたのですが、「この本が売れたら私のおかげだから」と(笑)。夫もがんサバイバーで、病気が身近なんです。でもこの歳になると当たり前ですよね。とりあえず今の時期に、この小説が書けてよかったなと思います。 ――それにしても刊行が続いていますね。 高瀬 すべてタイプの違う小説を書いています。どれが自分に合うのか、試しながら書いている楽しさがあるんです。修行だと思って、いただいた依頼はすべて受けています。 【著者紹介】 高瀬乃一(たかせ・のいち) 1973年愛知県生まれ。名古屋女子大学短期大学部卒業。青森県在住。2020年「をりをりよみ耽り」で第100回オール讀物新人賞を受賞。その後、「オール讀物」「小説新潮」などで短編を発表、2022年のデビュー作『貸本屋おせん』で第13回本屋が選ぶ時代小説大賞候補、第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞。近著に『無間の鐘』。 【聞き手紹介】 内藤麻里子(ないとう・まりこ) 文芸ジャーナリスト・書評家。 [文]角川春樹事務所 内藤麻里子 写真:島袋智子 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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