途中で何度も「もうダメです」と編集者に泣きごとを言って…時代小説の新星・高瀬乃一が創作秘話を語る
◆仇討ちの話は元々は別の話の予定だった。
――物語は二人の薬屋としての日々を軸に、その裏で、仇討ちに関係する陰謀が進行していきます。貴重な芒硝(硫酸ナトリウム)をめぐり、薬種問屋に米坂藩、平賀源内と幕府も絡む派手な展開が潜んでいます。 高瀬 仇討ちの話は、目の見えない兄弟が長屋で暮らしているうちに……という別のプロットを考えていたんです。この本のために平賀源内を調べて、薬屋が出てきて、じゃあこれらを一緒にするかという足し算形式で出来上がりました。詰め込み過ぎたかなと思ったんですが、それが最後は芒硝で全部がうまくつながりました。自分の中では「よくここまできた」という感じです。途中で何度も「もうダメです」と編集者に泣きごとを言っていました(笑)。裏の筋は作るのが好きなんです。自分自身が読んでいて飽きたくないので。 ――そのうえで人情噺なんですよね。薬の処方を通して文二郎と奈緒が芸者や親子、嫁姑のもつれた糸をほどいていく。これが読ませるんです。意識したことは何でしたか。 高瀬 文二郎と奈緒を無理に動かさず、心情をどう表すかです。四季の移り変わりや、街に吹く風も意識しました。デビュー作では心情をあまり表に出さないようにしたので、『春のとなり』ではそこを書きたいと思ったんです。それにラストは悲しい終わり方にはしたくなかった。以前家族が入院していた時、院内のコンビニに行くと、時代小説が並んでいるんですね。だから患者さんが読んでも気鬱にならない本がいいなと、いつも考えています。 ――もつれた糸がほどかれれば、人はまた歩み始めることができる。奈緒も薬屋に来る人々とかかわっているうちに変わっていきます。最初は仇討ちに気を取られ、舅にも遠慮がありますが、まさに凜としてくるし、薬屋を手伝うことで医術にも目覚めていきます。 高瀬 「人は命ある限り、幾度でもやり直せる。」と帯に書いてもらいました。若い人はときに「失敗したらおしまいだ」と言うけれど、そうじゃないと言うのは年上の者の役目なのかなと思うんです。そこを書ければと思いました。文二郎を目が見えない設定にしたのは、見えないと他の感覚が研ぎ澄まされるので、心を読めるようになってくれればいいなという思いがありましたが、それだけでなく、そういう設定でもなければ、この当時女の奈緒が漢方に手を出すことはなかったと思うんです。