【連載】携帯の中にあった不都合な真実/onodela「アナーキーアイドル」#6 砂浜で永遠を誓った二人の潮時
2019年7月に、ステージ上でいじめを告発した動画がバズり、アイドルを引退した「小野寺ポプコ」。その後、早稲田大学を卒業、カリフォルニア大学バークレー校へ留学し、卒業生代表としてスピーチをしたことも話題だ。物議を醸したあの日から一体どんな未来に繋がっていったのか。現在、onodelaとして活動する彼女が自身の言葉で書き綴るエッセイ「アナーキーアイドル」。連載第6回は、「元恋人から受けたプロポーズ」についてお届けします。 【写真】プロポーズされてからしばらくした夜に、思いっきり投げ捨てた花束 ■#6 砂浜で永遠を誓った二人の潮時 シアトルでの留学生活が終わり、2020年9月、わたしは日本に帰国した。14時間のフライトの間、機内で最後のBen & Jerry’sを食べながら、アメリカでの日々が本当に終わったことを実感。帰国した当時はコロナ禍の最中で、留学前の大学生活には戻れず、アメリカの刺激的な日々も手の届かない記憶になり、わたしは喪失感に苛まれて部屋に閉じこもる日々を送った。 部屋に閉じこもる生活が2ヶ月も続き、このままではいけないと近所のジムに通うことを決めた。今思えば、それが転機だったのかもしれない。ジムの担当トレーナーは、同世代の気さくな人で、気づけば友人のような関係になっていた。 ある日、トレーナーから「ファンドマネジャーの会員がいるけど、会ってみない?」と聞かれ、一瞬びっくりしたけど、実際に会ってみることにした。金融志望の学生には「ファンドマネジャー」という言葉はパワーワードだろう。紹介された相手は私より4つも年上で、第一印象はただの「固い人」そのもの。ラウンジに座り、淡々と金融やプログラミングの話をしていた。わたしがインターンシップを探していることを話すと、彼は「後で履歴書を送ってね」と一言だけ告げて、すぐに仕事に戻ってしまった。 それから数週間後、インターンシップの選考を通過したわたしは、彼の会社で働く機会を得ることになった。その頃から、仕事の合間にはランチに誘われ、終業後には彼の車で送ってもらうことも。 コンプライアンスを気にしつつも、「インターンだし、この会社で長く働くわけではないからいいか」と思う自分もいた。そのうち、週末には彼が選んだレストランでディナーを共にし、ファッションやスポーツカーが好きだったわたしのためにブティック巡りや車の試乗イベントに誘ってくれて、会社には内緒だが、わたしたちは恋人のような関係へと発展していった。 ■シャツの襟についた口紅は誰のもの? 交際して2ヶ月が過ぎた頃、彼と初めて旅行に出かけた。目的地は、彼が提案してくれた南国の小さな島。青い海がどこまでも広がるその島は、静かで洗練された空気をまとっていた。彼は鮮やかな黄色いポルシェにわたしを乗せて、滑るように車を走らせた。風が髪を揺らし、心地よい潮の香りが漂ってくる。 その夜、絶景を望めるガラス張りのホテルに泊まった。広い窓からは波音が聞こえ、月明かりが海面を優しく照らしていた。部屋に入った瞬間、わたしはその光景に息を呑む。彼もまた、その反応を満足そうに眺めていた。 翌朝、彼はわたしを人気のないプライベートビーチに連れて行った。砂浜には誰の足跡もなく、ただ波が静かに寄せては返す。わたしたちは裸足で歩き、何気ない会話を交わしながら波打ち際を楽しんだ。そのとき彼が見せた柔らかな笑顔を、わたしは今でも鮮明に覚えている。 彼の目には、わたしがどのように映っていたのだろうか。その視線は常に温かく、時には誇らしげに見えることもあった。彼は「きみの頑張りにはいつも感心する」と何気なく口にし、その一言がわたしの心に染み入る。彼の期待に応えたい、彼が誇れる存在でありたい。その思いが、いつの間にかわたしの中に芽生えていた。あるとき、彼が仕事の報告書でわたしをアナリストとして名指しで褒めてくれたことがあった。わたしは気づかないふりをしたが、内心では嬉しさが込み上げてきた。彼の言葉には厳しさが多い中、その一瞬の評価は、わたしにとって格別なものに変わっていった。 わたしが彼に気持ちを寄せることと比例するように、だんだんと彼の要求はエスカレートした。彼が選んだ服を私に着せようとしたり、彼好みのライフスタイルに合わせるよう求めるようにまでだ。わたしは違和感を覚えながらも、無理やり自分を納得させた。「愛されているんだ」と。わたしの目には、彼が完璧な男性に映った。彼にとって「完璧な存在」「彼が求める理想」になるため、わたしは少しずつ自分自身を変えていった。 しかし、彼のシャツの襟に口紅の跡を見つけた夜、わたしはその関係に小さな亀裂を感じた。漂っていた香水の匂いは、わたしにはない何かを物語っている。派手なメイクをし、ボディタッチをすることに慣れた女性が触れたのかな。もしかすると、これは彼が意図的に与えた「試練」だったのかもしれない。 考えていても埒があかないので「キャバクラかな、接待なら行ってもいいかな」と、わたしは何も知らないふりをし、彼に対してますます従順に振る舞った。彼が求めていたのは、そうした女性の服従によって満たされる「愛されたい」という欲求や、欠けた自己肯定感を埋めることだったのだろうと思ったから。 そんな日々の果てに、彼の思う最高の褒美をわたしにくれた。その日は、いつものように彼のベントレーの助手席に座り、千葉の人里離れた海辺に連れて行かれた。果てしなく広がる海には一隻の舟も見当たらず、空には星もなく、大きな雲が漂うだけ。肩に覆うもののないわたしの肌に、心が締めつけられるような冷たい風が吹き抜けた。まるで、わたしたちは世界の片隅に二人だけ取り残されたかのようだ。薄暗く、夕陽とも呼べない曖昧な空の下、彼はポケットからハリー・ウィンストンの青い箱を取り出した。 彼はわたしの名前を小声で呼びながら、プロポーズの言葉を紡いだ。一瞬びっくりしたが、返答より、「初めて一緒に砂浜で遊んだあの日に戻りたくない?」と尋ねたかった。あの頃が一番幸せだったから。けど、何も言わず飲み込み、彼に小さく頷いた。 ■携帯の中にあった知りたくなかった“真実” その後の展開は、まるで彼が筋書きを用意していたかのように順調に進んでいった。彼はわたしを両親に引き合わせ、カニ料理を囲みながら一緒に記念撮影。彼の家族の前では完璧な婚約者を演じた。彼は毎日「愛している」と言ってくれた。その言葉は目線だけでも伝わり、何度も空気中に漂う。 それでも、なぜか次第にわたしたちの間には冷たい距離が生まれていった。彼の優しさも、わたしへの配慮も、どこか形式的で心が通い合っているとは言えなかった。そして、決意の日がやってきた。 彼は、出張中で数日不在だった。数ヶ月前、彼の襟に口紅の跡を見つけてからずっと疑念を抱えていた。彼を信じたい気持ちと、どうしても拭えない不安が胸を渦巻く。部屋に置かれた壊れた彼の携帯を手に取った。それは彼が数ヶ月前に「もう使えないし、処分する」と言っていたものだったが、なぜかまだ捨てられず放置されていた。 これを見れば、この関係にひとつの答えが出るかもしれないーー。私は修理屋に携帯を持ち込み、直してもらった。修理が終わり、画面がついた携帯を手にしたとき、私は手が震えているのに気づいた。躊躇しつつもパスワードを試すと、まさか解除された。 最初に目に飛び込んできたのは、写真フォルダに知らない女性たちとのディズニーランドやチームラボでのツーショットだった。ある程度予想していたとはいえ、胸の奥が氷のように冷たくなっていく。 彼のメッセージアプリにたどり着いたものの、最初はログインできなかった。しかし、パスワード再設定を試みると、再設定画面の秘密の質問は彼のことを熟知している私にはすぐに答えがわかった。そして、画面の中に飛び込んできたのは、数十人の女性たちとのやり取りだった。 メッセージの中身を読み進めると、友達として始まったもの、アプリで知り合ったもの、金銭のやり取りを伴うもの――さまざまな出会いで深い関係を持った女性がたくさん。さらにショックなのは、彼を彼氏だと思い込んでいる女性は、わたしだけではなかった。最も胸を締めつけられたのは、わたしが実家に帰省していた日に別の女性との宿泊記録で埋め尽くされていたことだった。 画面を閉じたあと、私は呆然として座り込んだ。 信じられない。信じたくない。でも、否応なしに目の前にある事実を叩きつけられる。 あの温かい笑顔も、優しい言葉も、すべてが偽物だったのかもしれない。彼がプロポーズしたのは、ほんの数週間前だ。それなのに。 わたしは彼に「この関係を続けるのはもう無理だ」と静かに告げた。こうして、プロポーズを受けても、結婚に至ることはなかった。彼は何も言わず、ただ深いため息をついただけだった。 彼の家を去る際、最後に見たのは、無言でわたしを見送る彼の姿だった。その瞳には一瞬だけ後悔の色が浮かんでいるように見えたが、結局のところ、わたしは彼の本心を知らないままだ。別れた後も数ヶ月の間に何度か顔を合わせる機会があり、また会えるかもしれないと思わせる雰囲気もあった。けれども、それ以上の関係に戻ることはなく、わたしたちはそれ以来、二度と会うことがなかった。
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