そのスタッドレスは雪用? 氷用?(後編)路面状況で変わる「ミゾ」の入れ方
「実はスタッドレスタイヤには雪用と氷用がある」と言われたら「えーっ!?」と思う人は多いのではないだろうか? 【図解】スタッドレス(前編)タイヤがグリップする仕組み タイヤがグリップする仕組みは、雪の上と氷の上では全然違う。しかも求められることが正反対なのだ。作っている人はさぞ困っているといつも思う。技術者には「乱暴だ」と怒られそうだが、その違いをざっくり言うと、雪の上ではミゾでグリップし、氷の上では接地面積でグリップする。つまり雪にはミゾが多いほど良く、氷にはミゾは少ないほど良い。今回はスタッドレスタイヤがグリップする仕組みについて話をしてみたい。 スタッドレスタイヤは、雪でも雨でも晴れていても基本的には冬の間ずっと履きっぱなしだ。ラリー競技じゃあるまいし、日常生活では走る路面に合わせてタイヤを履きかえるわけにはいかない。1本のタイヤでこれらを全部こなさなくてはならないからスタッドレスタイヤは大変なのだ。
「アドヒージョン」と「ヒステリシスロス」
タイヤがグリップする仕組みには二つのメカニズムがあって、タイヤがガムテープの様に路面に貼り付くことでグリップする仕組みを「アドヒージョン」と呼ぶ。そしてゴムが変形する際にエネルギーの一部を吸収して熱に変換する特性によって得られるグリップが、「ヒステリシスロス」だ。 ヒステリシスロスはロスであると同時に、二つしかないタイヤが持つ重要なグリップの仕組みのウチの一つだ。濡れた路面ではアドヒージョンは概ね失われる。だから、そういう場面でたった一つ残るグリップの仕組みがヒステリシスロスであり、裏返せば、ウェットグリップは全面的にヒステリシスロス頼みなのだ。 しつこいようだが、スタッドレスタイヤが使われる氷雪路は言うまでも無くほぼウェットだ。横ミゾのせん断抵抗に頼る場面を例外として全ての場面でヒステリシスロスが主役だ。しかし近年はスタッドレスタイヤでもドライ路面でのエコ性能を求められ、エコのためにヒステリシスロスを減らそうという無茶な話になっている。 ドライ路面を巡航している時、タイヤの転がり抵抗の90%はヒステリシスロスである。そこだけ見れば確かに燃費の敵と言ってもいい。タイヤメーカー各社は「雪にも氷にも効き、さらに低燃費です」と言っている。 社会的影響を考慮すれば、言わざるを得ないのだろうが、タイヤの工学的側面から言うと、タイヤの転がり抵抗とウェットでのグリップは「ジキルとハイド」のごとく同一現象の別側面に過ぎない。デメリットとして呼べば「転がり抵抗が大きい」だし、メリットとして呼べば「ウェットグリップが大きい」になる。だからハイドを殺せばジキルも死ぬ。転がり抵抗を減らせばウェットでのグリップが損なわれるのだ。 「お客様は神様」かも知れないが、技術者は技術者の誇りにかけて、物理的に無理なことは無理と言ってもいいと思う。おそらくは「性能に影響が少ない範囲で出来る限りヒステリシスロスを減らしました」ということなのだろうが、サマータイヤのエコタイヤ以上に、ウェットを主戦場にするスタッドレスタイヤのエコ競争がヒートアップするのはナンセンスに聞こえる。ただでさえグリップが厳しい局面での低転がり抵抗化はリスクが高過ぎる。