若い力が躍動、大盛況だった「ツアー・オブ・ジャパン」野島裕史&大会組織委員会委員長・栗村修「前半4ステージ」を振り返る
◆野島が参加したパレード走行裏話、実は走行前に…
野島:今年の東京ステージでは、栗村さんが会場をゆったりと歩き回ったり、ファンの方々と交流を持たれている印象を受けましたが。 栗村:そのことも言われたんですよね、結構笑顔だったと。自覚はなくてそれなりに疲れていたのですが、そう映りましたか。 野島:映りましたね。ステージも例年以上に盛り上がっているなと。 栗村:(盛り上がった理由として)ひとつあるのは、本当の意味でのアフターコロナ、その最初の大会だったのかなと。昨年はコロナが5類になった直後だったのでビクビク感があったんですよね。そういう意味でも、いろいろなものがポジティブに重なっていたのかもしれないですね。 野島:そうですね。ちなみに、パレード走行の私の走りはご覧になっていただけましたか? 栗村:対向車線側でチラチラと。ちょうど折り返しのコースだったので見えました。例年になく大集団を引き離した走りが。 野島:今年は事前に“(後続と)1分は引き離すように!”とおっしゃっていましたが。 栗村:自転車ロードレースの1分差というのはすごく意味があって、1分差が開くとチームカーが選手・グループの後ろにつくんですよ。だから1分というのがひとつの目安なんです。 野島:(後続と1分差をつけるのは)「そんな無茶な!」と思ったのですが、今年はパレードの方式が変わったんですね。 栗村:変わったというか、野島さんが速かったんですよ。 野島:違いますよ! 走る前にパレード走行のゲストのみなさんは1分先にスタートしてくださいと言われました。 栗村:実はですね、野島さんは健脚なので大丈夫だと思うんですけど、毎年(パレード走行するゲストのうちの)何名かがプロトン(集団)に飲み込まれちゃうんですよ。昨年はプロトンに飲み込まれて、もみくちゃになった方もいらっしゃったみたいで。 野島:実は僕も日比谷スタートだった頃に一度飲み込まれたことがあるんですよ。初めての経験だったんですけど、(他の選手の)肩とかも当たるし「こんなに接近するんだ!」と思いましたね。もう怖くて怖くて。「ここで僕が落車して、選手のみなさんに迷惑をかけたらどうしよう……」なんて思いました。 栗村:ですよね。野島さんもいわゆる密集したプロトンに入ったことはない? 初プロトンだったんですかね。 野島:もちろん。でも、あれは異次元の出来事でしたね、びっくりしました。 栗村:我々はプロトンに飲み込まれても「むしろ楽しいんじゃないかな?」ってたかを括っていたのですが、審判団も怖かったみたいで。それで1分差でスタートということになりました。 野島:(1分差があると)走っていて安心感がありました。もし何かあっても(プロトンに)飲み込まれることはないんだなと、ありがたいご配慮をいただいたと感じました。あとは、折り返したときに選手たちを走りながらじっくりと見ることができたのも楽しかったですね。