小学校の頃の「学内順位」は、将来の年収にも影響する
37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。 そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が発売された。 「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。 待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。 【この記事の画像を見る】 ● 「鶏口となるも牛後となるなかれ」は正しい 私立学校では通知表に順位が書かれていたり、学習塾では模試の順位を書き出して廊下に貼り出されたりすることもあるそうですから、子どもたちが自分の順位を意識することもあるでしょう。 ここで、次のような状況を想像してみてください。受験の直前に、模試で80点を取れる実力を持つAさんとBさんがいたとします。 この2人の志望校は同じだったのですが、入試の結果、Aさんは第1志望校にギリギリで合格し、Bさんはギリギリで不合格となりました。Bさんは第1志望校よりは少し偏差値の低い第2志望校に合格し、進学しました。 先にも述べたように、AさんとBさんの実力はほとんど同じですが、Aさんは進学した学校での成績順位が最下位となり、Bさんは1位になりました。 このあと、成績や進学で有利になるのはAさんとBさんのどちらでしょうか。 多くの人は、「少しでも偏差値の高い第1志望の学校に通っているAさんのほうが、周囲の優れた友人から良い影響を受けて、入学後の成績や進学で有利になるだろう」と考えるのではないでしょうか。だからこそ、私たちは、わが子に「少しでも偏差値の高い学校に合格してほしい」と願うのでしょう。 順位についての研究の結果は一貫しています。私たちの予想に反し、のちに有利になるのは、第1志望校で最下位のAさんではなく、第2志望校で1位のBさんです。「鶏口となるも牛後となるなかれ」とはよく言ったものです。 ● 小学校の学内順位が中学校での学力に影響する このことを現実のデータであらわしたのが、図1です。同じテストを受け、同じ点数だけれども、学校内の順位が異なる児童・生徒がいることを示しています。この図は、データのばらつき具合を示すのに用いられる「箱ひげ図」と呼ばれます。 これは、慶應義塾大学の五十棲浩二氏、サイバーエージェントの伊藤寛武氏と私が、埼玉県の公立小・中学校の学力調査のデータを用いて作成したものです。 図1の第5分位(中央値)を見てください。これを見ると、県内共通の学力調査で同じ点数を取ったとしても、学内の順位でトップ層に位置する児童・生徒もいれば、最下位すれすれの児童・生徒もいるということがわかります。 公立学校であったとしても、学校によって、平均的な学力が高い学校と低い学校があります。このため、同じ実力でも、周囲の同級生の学力が高い学校に入学したら自分の順位は低くなり、逆に周囲の同級生の学力が低いと自分の順位は高くなるということが生じているのです。 私たちの研究グループは、この状況を利用して、小学校のときの学内順位が中学校入学後の学力に影響を与えているかどうかを調べてみました。 そうすると、小学校のときに、県内共通の学力調査でまったく同じ点数だったとしても、学内の順位が1位だった児童は、別の学校で順位が最下位だった児童と比較すると、中学校での数学の学力テストの偏差値が2.1~6.2、国語が3.1~6.2も高くなっていることがわかりました(*1)。 この影響には異質性があります。順位が与える影響は、女子よりも男子に大きく、平均的な学力が高い学校のほうが大きくなっています。また、小学校の順位は国語や算数で決まっているにもかかわらず、中学校時点の英語の学力にプラスの影響を及ぼしていました。 経済学や心理学では、ごく身近にいる人とのみ比較することで、自分の能力を誤って見積もってしまうことを「井の中の蛙効果」と呼んでいます。ここで生じていることは、まさに井の中の蛙効果と言えそうです。 これは日本だけで起こっているのでしょうか。実は、イギリス(*2)、アメリカのテキサス州(*3)、中国(*4)のデータを使った研究でもほとんど同じ結果になっています。効果の有無だけでなく、順位が学力に与える影響の大きさもほとんど同じですから、井の中の蛙効果は、必ずしも日本だけで生じているわけではないことがわかります。 ● 小学校の学内順位は最終学歴や将来の収入にまで影響する 順位の影響は長期に及びます。アメリカのテキサス州の全公立小・中学校の児童・生徒、約300万人の行政記録情報を用いて行われた研究は有名です。 この研究は、小学3年生のときの学内順位が、中学校入学後の学力だけでなく、大学進学率、将来の年収にまで影響することを明らかにしています(*5)。 たとえば、小学3年生のときに、州内共通の学力テストでまったく同じ点数だったとしても、クラス内の順位が最下位だった児童は、別の学校で順位が真ん中くらいだった児童と比較すると、23~27歳時点の年収が平均で約18万~38万円(1200~2500ドル)も低くなるということです。 またアメリカのウィスコンシン州の3000人の男子高校生のデータを用いた研究では、高校生のときの成績順位が53歳時点の収入にまで影響することが示されています(*6)。 成績順位の影響は、学歴や収入にとどまらず、日常的な生活態度や行動にまで波及します。高校生のときの成績順位が低いと、未成年での喫煙や飲酒をしたり、避妊をしない性行為、暴力行為に及ぶ確率が高まることがわかっています(*7)。また、勤勉性などの性格的な特徴(*8)、メンタルヘルス(*9)にまで影響を与えるということです。 参考文献 *1 五十棲浩二・伊藤寛武・中室牧子「日本における『小さな池の大魚効果』:校内順位の高さは学力向上をもたらすか」『日本経済研究』80号、57-85頁、2022年 *2 Murphy, R., & Weinhardt, F. (2020). Top of the class: The importance of ordinal rank. Review of Economic Studies , 87(6), 2777-2826. *3 Denning, J. T., Murphy, R., & Weinhardt, F. (2023). Class rank and long-run outcomes. Review of Economics and Statistics, 105(6), 1426-1441. *4 Yu, H. (2020). Am I the big fish? The effect of ordinal rank on student academic performance in middle school. Journal of Economic Behavior & Organization, 176, 18-41. *5 Denning, J. T., Murphy, R., & Weinhardt, F. (2023). *6 Zax, J. S., & Rees, D. I. (2002). IQ, academic performance, environment, and earnings. Review of Economics and Statistics, 84(4), 600-616. *7 Elsner, B., & Isphording, I. E. (2018). Rank, sex, drugs, and crime. Journal of Human Resources, 53(2), 356-381. *8 Pagani, L., Comi, S., & Origo, F. (2021). The effect of school rank on personality traits. Journal of Human Resources, 56(4), 1187-1225. *9 Kiessling, L., & Norris, J. (2023). The long-run effects of peers on mental health. Economic Journal, 133(649), 281-322. (この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)
中室牧子