なぜ積水ハウスは「地面師たち」にだまされたのか? 不動産詐欺にだまされないための対策も
なぜ積水ハウスはだまされたのか
積水ハウスは日本の住宅業界を代表するトップ企業だ。不動産土地取得のリスク管理は、徹底していたはず。特に巨額の取引となるケースではリスク管理が厳しくなることはあっても甘くなることはない。 にもかかわらず、なぜ地面師たちにだまされるに至ったのだろうか。 要因(1)本人確認を行う司法書士へのプレッシャー 結論から言えば、要注意物件と分かりながら通常手続きで進めたことに原因がある。 そもそも五反田のマンション用地は一等地で、マンション開発できれば高値で即完売できることが間違いない立地であることは誰が見ても明らかだった。 その一角だけ古い旅館が立っており、どのデベロッパーも狙っていたのである。当然ながら詐欺じみた噂話なども飛び交っていた。つまりその土地を取得するとしても細心の注意を払わなければならない要注意物件だったのである。 それがゆえに、この事件の地面師グループの手口の巧妙さは、相当なものだったとされている。特に書類の偽造の精密さは公証人役場が本人と認め、本人確認書面(権利証に代わる書面)を発行しているほどだ。パスポートにしても、司法書士がペンライトを当てて確認しても見破られないレベルの偽造を施していたことになる。 しかし、この五反田のマンション用地はもともと要注意物件と分かっていた。どこかで気が付いてもよさそうであるし、気が付かなければならなかったともいえる。 例えば、近隣の住民など売り主を知る人たちに写真を見せて本人かどうか確認するなど、通常とは違うチェック方法はある。現に他のデベロッパーは、この方法で詐欺を疑い交渉をやめたようだ。また、地面師グループの手口は巧妙だが完璧ではない。ずさんと言えるポイントもあったとされている。 特に売主との面接でも見破るチャンスはあったはずだ。売り主である高齢の女性になりすますのは、ニセ地主を演じる高齢の女性だ。いくらシミュレーションして準備してもボロが出ないとは言えない。この時も司法書士による干支や誕生日の確認を間違えて答えたようだが、言い間違いとしてスルーされたとされている。 司法書士は「おかしい」と感じたかもしれない。しかし、前述したとおり、その場の積水ハウス側からのプレッシャーに折れた可能性がある。本人確認の判断は司法書士の責任で下さなければならないが、実際には、積水ハウスから仕事を継続的にもらっているという弱い立場だ。万が一にも疑うことで本物の売り主の機嫌を損ね、破談になってしまった場合は責任の取りようがなくなってしまう。 司法書士には実務に反するプレッシャーがかかるのだ。そして、地面師たちの本当の巧妙さは書類の偽造以上にその点を含んでだましていたことにある。 要因(2)積水ハウス内における用地獲得のプレッシャー もうひとつの要因は社内でのプレッシャーだ。実はこちらの方が大きいと考えられる。 営業セクションが毎月の数値目標、早い話がノルマを達成するプレッシャーがあるように、用地仕入れのセクションも一定以上の供給を滞らせない仕入れをしなくてはならない。しかも積水ハウスほどの巨大な売り上げを確保するには出た土地を全部買ってもいいほどの供給量になるのだ。 用地がないと営業は売るものがなくなり、売り上げもない。万が一供給不足になれば、用地仕入れのセクションの責任が問われる。とはいえ、あまりにも立地条件が悪い用地まで開発するわけにはいかない。「利は元にあり」というとおり、マンションは立地が命で、トップブランドの大企業が他社から笑われるような立地を開発し在庫の山になるのは避けなければならない。 五反田のマンション用地のケースでは、用地セクション担当役員と社長との特別な決裁をもって進めたという話もあり、であれば積水ハウス特有の事情があったともとれる。ただ、常務や執行役員が特定のセクションの責任者を兼ねていることは一般的で、社内の派閥争いなども含め他のデベロッパーでも似たような事情はある。 トップクラスの大企業だからこそ、常に物件を供給し続けなくてはならない難しさと在庫になるリスクは、他のデベロッパーにも共通することだ。いずれにしてもそれらのプレッシャーのなかで五反田のマンション用地の交渉が進み、要注意物件と分かりながらやるべきことをやらず、引き返せないところまで来てしまった。ここでは心理学でいう「認知バイアス」の「確証バイアス」が働く。自分が正しいと思うこと(バイアス)に都合の良い情報を集めてしまう心理現象で、自分の思い込みや周囲の要因によって非合理的な判断をしてしまう傾向だ。 本物の所有者から届いた警告文書を怪文書としてスルーしてしまった事実がこれに当たる。さらに決済を前倒しした理由も、邪魔が入らないうちに、という心理もあるが、あるいは物件供給不足の中で少しでも早く販売ラインに乗せたいという事情も考えられる。 こうして巨額のお金が地面師たちへ吸い取られた。地面師たちがあえてトップクラスのデベロッパーをターゲットにした狙いが見事に成功してしまったのである。積水ハウスにしてみれば、通常のリスク管理からみれば大きく逸脱していないが、要注意物件に注意しなかったのは供給プレッシャーと確証バイアスが原因といえるだろう。大企業なのになぜだまされたのか?の答えは、大企業だからだまされたとも言える。