米国で否定された“日本流”「誰も楽しくないだろ」 WBC右腕が痛感した野球の違い
日米で違う“考え方”「そんなの誰も楽しくないだろ」
実際に「プレー」や「楽しむ」ことを肌で感じたという。「メジャーリーグに限らずアメリカのスポーツって楽しむことが前提じゃないですか。だから、見る側がつまらないと感じるプレーはやめようよ、と。これは独立リーグでの話ですけど、大事な試合で僕が先発して、大量リードしていたんです。またチャンスがあったときに、送りバントしてダメ押し点をとれば勝ちがほぼ決まる、みたいなことを言ったら『そんなの誰も楽しくないだろ』って言われました。その時『あ、そもそもが違う』と感じました」。 当初は戸惑いも感じた米国の野球の流儀だが、理解し受け入れるようになった。「観客も楽しめないし、相手の戦意を喪失させてとどめを刺すようなことは楽しくない、ということでしょうか。球場全体で楽しめるってことをやろう、というのがアメリカのスポーツなんじゃないかと。楽しむためにプレーしてその先に勝利があるから、勝利至上主義が全面に出ている日本との違いを感じました」。 現在は社会人野球チームで監督をしている渡辺氏は、異国のスポーツ文化を受け止め、肯定した上で、日本の『野球道』も否定はしていない。「勝利至上主義が全部悪いとは思わないです。僕も社会人野球をやっていて、必要なことだし、都市対抗野球に出場するという目的のためにチームも存続しているわけですから。優勝しなければ、結果を出さなければ、チームの存続すらなくなってしまう。あるいはファンが離れてしまうとか、それぞれの事情があっての、勝利至上主義ですよね」。 それでも米国でのプレーは渡辺氏に強烈なインパクトを残した。「まず楽しもうという文化や土壌の中で、すべてが楽しむためにできている」。球場、ロッカールーム、音楽、関わるスタッフ……。「キャンプの時『給料は安いけれどレッドソックスに関われることが楽しくてしょうがないんだよね』というスタッフさんの話も聞きました。そこにいるだけでワクワクできるというのは、『楽しむためにどうするか』という根底の考え方があるおかげじゃないですかね」。 ロッテでのバレンタイン監督時代も似たような経験はあった。日本では、大事な試合で球場に向かう時は、ワクワクではなく緊張。試合に勝つために、集中するために、自分がどうするのかと考えていた。「スタンドの声援が後押しになることはあるんですけど、周りのことは視野に入っていなかったですね。楽しんでいいとか、ワクワクするっていうのは、ボビーが来てからです。球場をそういう場所に変えていこうとする途上は楽しかったですよ。でもWBCで感じたアメリカの球場の雰囲気は、さらにもう一段違うものがありました」。 WBCで抱いた憧れにも似た思いは、渡米を決断したことで実現した。「レッドソックスのスプリングトレーニングに参加して、フロリダでグラウンドに行くだけでワクワクする気持ちを十分に経験できたので、行ってよかったなと思いました」。渡辺氏は米独立リーグを経て、ベネズエラのウインターリーグでもプレー。メジャーでのプレーは叶わなかったが、野球観が広がった貴重な期間だった。
伊村弘真 / Hiromasa Imura