ファストパッキングでぐるっとトレラン箱根旅
ファストパッキングでぐるっとトレラン箱根旅
山に行くのはレースと練習、だけどもっと山を楽しみたい! 慣れないバックパックに詰めた衣食住を背負って、箱根の山をめぐる2日間。はじめてだらけの健脚ふたりと鈍足のわたし、無事にグルリ一周できるかな?
健脚トレイルランナーが、はじめてのテント泊を体験。
箱根外輪山一周の企画です、と編集部から相談を受けて、てっきりトレイルランニングの取材かと思ったら、「1泊2日で! 」と言われて思わず聞き返した。1泊? 箱根で? 今回の旅のお供は、若くて爽やかな若林さんと髭モジャでコワモテの水越さんだ。まるで(見た目が)対照的なふたりは、トレイルランナー。縦走経験はない。私は山歴7年ほどだが、トレイルランニングも含めて年間100日は山に足を運ぶ。最近では、ファストパッキングなどのスタイルが知られるようになり、トレラン仲間から「縦走したい! 」とお声がかかることがある。 初めての人を案内する場所選びはなかなか難しい。理想をいうなら、絶景があり、お楽しみスポットがあって、エスケープしやすい場所。そして、なにより問題はテント場だ。 「初めてのテント泊なので、箱根外輪山の途中にあるキャンプ場泊にしようと思うんです」と言われて納得した。キャンプ場なら初めてでもテントが設営しやすく、水場も安心だ。 箱根湯本からバスと徒歩で移動し、道の駅箱根峠が今回の旅の入口。芦ノ湖の南側から反時計回りに外輪山をめぐる。登山口からしばらく、しっとりとした静かな樹林帯。足元は木段が続く。朝から気合十分なふたりに置いていかれることは目に見えているわけで、案内人を口実に先頭を歩く。「普段、なんて呼ばれてます? 」。 話を振る作戦だ。若様〞が愛称の若林さんは、トレランを始めて間もないが、すでにレースで上位に食い込む駿足の持ち主だ。若さ溢れる爽やかな笑顔は、様〞で呼びたくなるのも納得だ。水越さんはレースフリークで、数々のロングレースに繰り出しては走破している。「う~ん、水越さんは、ワル……ワルサワさんで! 」。 南アルプスに荒川岳という山がある。別称、悪沢岳と呼ばれている。山頂付近はゴツゴツとした岩場で険しい表情を見せる。しかし、東南の斜面は一面の可愛いお花畑が愛らしい。見た目に反して天然でオチャメな水越さんがそれと重なった。 「うわ~! すげぇ~! 」。歩き初めて約1時間。森が開けたその先には、見晴らしの良い丘のような山が波打ち、その間を道路が走っている。箱根外輪山の西側を縦断する、芦ノ湖スカイラインだ。ずっと遠くまで、これから向かう道が見えるすがすがしい稜線だ。思わず足が動きだし、柔らかい草のトレイルを軽快なステップで飛び跳ねた。風を切って走ることのなんと気持ちいいこと! ワルサワさんの顔もほころぶ。 そのままの勢いで、山伏峠に到着すると、目の前にはレストハウス。「やったー! 」。全員一致で迷わずバックパックを下ろして、休憩タイム。青空の下、冷たいジュースでのどを潤す。最高だ。なぜ走るかって、こういう瞬間が幸せだからだ。5分、10分、15分。時計を気にする私を気にしないふたり。なるほど、この人達はそこはかとなくマイペースだ。 でも正直なところ、ちょっと安心した。レースを好むランナーは、やっぱり速さを求める人もいる。だけど私は、とにかく気持ちよく走って、長く山を楽しみたい。ファストパッキングはその名前こそファスト〞と付いているが、ただ速く走るってものでもない。 装備が軽量であるからこそ負担が少なく、より遠くへ行けるというメリットはもちろんのこと、同じコースでも時折走って寄り道や他の楽しみを満喫できるという考え方があってもいいじゃないか。 山伏峠からは、ブナの根が這う緩やかなアップダウンの道をたどりながら湖尻峠を目指す。三国山のピークを経由するが、寂しげなベンチがぽつりとあるだけで、景観はない。休憩するときは立ち止まって、バックパックを下ろして補給した。 「こういうのも、いいなぁ」。レース好きなワルサワさんがバナナを頬張りながら呟いたひとことが、心底嬉しかった。 湖尻峠からの登りは、再び眺望の良いトレイルのお目見えだ。ただし、ニセピークがふたつ、三つ。また~? と言いたくなる登り返しがあるわけだが、こういうときこそ装備の軽さが身に染みる。「登り返しかぁ! 」、「これキツイわ~! 」。そう言いながら、ふたりの口元が緩んでいるのは顔を見なくても十分わかる。 トレイルランナーは、キツイキツイと言っては喜ぶ変態の集まりだ。羽根が生えているかのように駆けていく若様の背中があっという間に見えなくなった。 湖尻水門の登山口まで下ったところで、今日は終了。まだかなり日が高いが、これも計画通りだ。今夜の宿泊地は、芦ノ湖キャンプ場。テントサイトでさっそく設営に取り掛かる。自分の設営が終わってふたりに目をやると、ワルサワさんはテントを広げて首をかしげ、若様は細引きを手に取って悩んでいる。 「あのう、これ、どうやって立てるんですか? 」。テントを初めて買ったら、まずは庭や近所で試してみるものだが、今回は撮影用の借り物。ふたりは初めてのテントに悪戦苦闘しつつ、夕暮れ前には各々の家が完成した。我が家を見て、満足気なふたり。嬉しそうに寝転ぶ若様の足が心なしかツエルトからはみ出ていた。 さあ、宴の始まりだ。夜空の下で夕食とする。私とワルサワさんは、戻しの質素な食事。じつのところ、普段は重さなんてそっちのけで食材を担いで鍋をすることが多いが、ファストパッキングの取材だしなぁ、と気を遣ってみたわけだ。 が、一方、若様はラーメンにソーセージやらなんやら、クッカーから溢れんばかりの盛り盛りごはんをかきこんでいる。うん、それもいい。軽量化といっても、譲れないものは譲れないままでいい。 それから、ワルサワさんがまぁよく呑むこと。わたしもお酒はそれなりに嗜むけれど、彼の呑みっぷりには惨敗で、早々と寝床についた。自然のなかで呑む酒は、格別。そんなのもまた、旅の醍醐味だ。お酒はキャンプ場の自販機で買ったわけだけど。