【インタビュー】マラッカ海峡協議会会長・池田潤一郎氏、マラッカ・シンガポール海峡の航行安全を支える日本の取り組み
――直近の共同水路測量の概況は。 「2015年からの共同水路測量は最新の測量技術も取り入れてかなり大規模なものになった。測量方式も前回(第2回)のシングルビーム方式から変わり、海底の立体図形を作成できるマルチビーム方式を導入したほか、時期も2回(フェーズ1、フェーズ2)に分けて実施した」 「フェーズ1(15―16年)では分離通航帯(TSS)内の緊急性の高い5海域を対象に測量を行い、日本側(マラッカ海峡協議会、日本船主協会、日本水路協会)が32万ドルの資金を提供したほか、技術者を派遣した。フェーズ2(17―23年)ではTSS全体の3分の1を調べる大規模測量を行った。途中でコロナ禍によって20年3月から測量作業が中断されたが、22年7月から再開。無事に測量を終えることができた」 ――今回の測量で具体的にどう航行安全に寄与できる成果が出たのか。 「これまでの測量方式であるシングルビームは単一の音波を直下に発射し、その音波が海底で反射して受信するまでの時間を取得し、水深に換算して地形を測量する手法となる。基本的には線的なデータ取得にとどまるため、海図作成にも限界がある」 「今回取り入れたマルチビーム方式の場合には、海底地形や水深を面的にデータ取得できるので、海底の障害物などを見逃しなく検出できる。実際に今回の測量では、これまで知られていなかった沈没船を見つけられるなど電子海図の品質が大幅に向上した。マラッカ・シンガポール海峡での安全航行を追求する上で非常に大きな成果といえる」
――現在のマ協の事務局の陣容は。 「非常勤で私が会長を、国土交通省海事局長などを経験した春成誠氏が理事長を務めている。常勤役職員は3人、ほかに技術アドバイザー1人の小所帯。業務内容は先に述べた通り、17―23年にかけて実施した水路測量のほか、通常業務として航行援助施設の維持点検に関する監査がある。51基ある航行援助施設によりTSSが設定できているが、維持していくための点検は重要になってくる」 「航行援助施設の維持点検は沿岸国の役割だが、当協会職員がその作業に同行し、点検の技術指導や業務監査を行っている。航行援助施設といっても、船舶にぶつけられたりするなど無傷なものは少なく、維持するための点検・修理が常に必要だ。そうした現場での点検作業に当協会の職員が必ず同行するが、長い場合は現地作業員と一緒に1カ月近くも船上生活を共にする。作業船なので船内環境も厳しく、非常に過酷な業務だ」 「こうした厳しい環境でも、これまでは経験と長いキャリアを持ち、沿岸3カ国の人たちから信頼されているベテラン職員が一手に担ってきたが、そろそろ世代交代の時期。幸い、次に継承する若い人を採用できたので、いまちょうど、その引き継ぎ作業を行っているところだ。その意味では、カネだけではなくヒトも出し、汗水流して貢献しているといえる」 ――26日から海運ビル(東京都千代田区)に事務所を移転する。 「船主協会などが入居している海運ビルに引っ越すことで、両者がより密接な関係を構築できればと思っている。マ協は小所帯なのでマンパワーとしては弱い部分があり、船協事務局との連携でより効率的に業務を遂行する体制が整えられるだろう」 「海運関係団体が数多く入居する海運ビルに移ることで、業界全体にマ協の活動をより幅広く知ってもらうきっかけになることも期待している。正直言えば、私自身もマ協の存在を長く知らなかった。ただ、これだけ日本の外航海運にとって大切なマ・シ海峡での安全航行に寄与する存在をもっと伝えることで、その役割や在り方をしっかり認識してほしいと思っている」 ■在り方 議論必要 ――マ・シ海峡の航行安全に多大な貢献をしているマ協を今後、どういう形で運営していくのか。 「人材面で次世代に受け継ぐ体制は後継者も見つかり、なんとかめどは付きつつある。ただし、数年前は財源不足などもあってかなり苦しい状況だったが、日本財団の助成などもあり、当面はなんとか維持できる見通しがついた」 「とはいえ、中長期を見据えたマ協の在り方については今後、政府や海運業界全体でしっかり議論していくことが必要だと考えている。マ協の活動は無形の外交上、あるいは経済上の価値を有するものであり、業界や国が協調しながら最適な在り方を構築すべきだろう。関係者にはぜひ、マ協に対してより一層注目し、有形無形の支援をお願いしたい」 いけだ・じゅんいちろう 商船三井会長。22年7月からマラッカ海峡協議会会長。
日本海事新聞社