男性更年期障害のとんでもない誤解:下部尿路症状の経験を「患者中心の医療」で読み解く
病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。<本日の患者> K.W.さん、53歳、男性、観光物産会社社長。 「先生、いよいよ自分が年寄りになっちゃったって実感しています」 「え、K.W.さん、どうしたんですか。まだ僕よりずっと若いじゃないですか」 「いや、長い付き合いの先生だから話せるんだけど、だんだん尿が出にくくなってきたんですよ。それに夜中もトイレ行くしね。以前先生に相談して、まだ様子をみようって保留にしてた前立腺がんの検診、そろそろ受けた方が良いのかなーって思うんだけど」 「そうですか。前立腺がんが心配なんですね。実は、K.W.さんの年齢では、がんとは関係ない状態で尿の症状が出ることも多いんです。じゃあ、もう少し症状を詳しく聴かせてもらって診察しましょう」 K.W.さんは、2021年8月の『 患者に「がん検診を受けたい」と言われたら?』に登場した観光物産会社社長である。会社の部下たちから前立腺がん検診を勧められたけれど、前立腺がんの性質、そして検診の不確実性についての情報を私から聞いて、検診はまだせずにいたのだ。 それ以外の彼のメインの健康問題は高血圧で、心血管系のイベント(心臓発作や脳卒中など)を起こさないように、3カ月ごとの定期診察を継続しつつ、他にもさまざまな健康上の気がかりを相談している。 でも、排尿で困ったということをK.W.さんから私が聴いたのは、今回がはじめてだ。そして、K.W.さんがいつになく冴えない表情なのが気になった。
下部尿路症状 LUTS とは
まず、用語を整理しておく。「尿路」というのは、腎臓、尿管(腎臓から膀胱に流れる尿が通過する管)、膀胱、および尿道で構成されている。このうち、膀胱から尿道までを「下部尿路」と呼ぶ。この下部尿路に関連した諸症状を「下部尿路症状(lower urinary tract symptoms; LUTS)」と呼ぶ。 国際禁制学会(International Continence Society; ICS、最近は「コンチネンス」とカタカナでも呼ばれるcontinenceは排尿・排便が正常なことで、日本語ではなぜか「禁制」と訳されている。反対語はincontinence、日本語では「失禁」「インコンチネンス」である)の定義によれば、LUTSには次に示す多彩な症状が含まれる。 ---------------------------------------------------------------------------- 蓄尿症状(尿をためることに関連する症状)として、日中の頻尿、尿意切迫感、夜間頻尿、尿失禁、夜尿症、膀胱の異常感覚 排尿症状(尿を出すことに関連する症状)として、排尿が遅いまたは断続的、尿の流れが分裂またはシャワー状、排尿まで時間がかかる、排尿に腹圧(いきみ)が必要、排尿の終わり近くで尿が滴下 排尿後症状(尿が出た後での症状)として、残尿感(まだ尿が膀胱に貯まっている感覚)、排尿が終わっても尿が滴下 その他の症状として、膀胱痛、複数の特異的な症状症候群 ---------------------------------------------------------------------------- LUTSは、40~50歳以上の男性で最も多く認められる。その原因としては、前立腺肥大症、前立腺炎、前立腺がん、過活動膀胱、低活動膀胱、膀胱炎、間質性膀胱炎、膀胱がん、膀胱結石、尿道炎、尿道狭窄、神経疾患、多尿、夜間多尿などがある。 日本泌尿器科学会では、『男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン』(2017年版。20年と23年にアップデート)を公開している。家庭医が関わるプライマリ・ヘルス・ケアの現場で役立つ臨床研究のエビデンスも多く記載されている。 今回のK.W.さんのLUTSのエピソードについても、それらを参考にして可能性のある疾患を絞り込んだ結果、身体的診断として「前立腺肥大症」である可能性をまず考えた。