指導や演出の名の下に多発するハラスメントーー美術業界の体質に一石を、女性作家たちの挑戦
「調査団」メンバーの寺田衣里さん(33)は「こういった調査が行われること自体、意味のあることだと思う」と話す。 「これだけ事例があるのに表面に出てきていないということは、やはり語りにくいんだと思います。例えば、話す相手によっては、セクハラすらもモテ自慢と受け取られかねない。相手の言葉にもう一度傷つけられるということが起きてしまう。表現にかかわる場から身を引いたという回答が多かったことにも、衝撃を受けました」 「調査団」の事例分析によれば、セクハラはパワハラやアカハラなどと混在して起こる場合が多い。また、ハラスメント行為者は年上かつ立場が上位(教師、上司、取引先、顧客など)の男性が多い。要求を断ると、被害者は、仕事や発表の機会がなくなったり、業界での立場が悪くなったりする。断れずに応じてしまった場合、被害者の多くは自責の念に苦しみ、告発に至らないことが多い。少数だが男性の被害者もいる。(調査結果報告書58ページ) こういった構造は他の領域で起きているハラスメントと同型だが、「演技指導のため」とか「より美しい表現のため」といった、指導や演出の言葉にすり替えられることが、表現分野の特徴だと指摘する。(同5ページ、58ページ)
教育機関に目を移すと、芸術系大学の場合、実社会のハラスメント構造が大学に持ち込まれやすい。作家を目指して活動する人が多く、大学での人間関係が卒業後の進路に影響しやすいからだ。「調査団」は「権力勾配の強い師弟関係が、伝統的工房から教育機関に受け継がれた歴史的背景を考察する必要がある」と分析する。(同71ページ) 寺田さんは、多摩美術大学大学院博士後期課程に在籍していた2017年、同大彫刻学科の学生有志として、学科の状況を改善するように大学当局に働きかけたことがある。学生が教員から、指導の範疇を超えた強い言葉で作品を否定されたり、講評会など公開の場で叱責されたりすることが頻発していた。大学にこのような事実があったかどうかを問い合わせたが「回答は差し控えさせていただきます」という回答だった。 「先生は無自覚なことが多いんです。例えば、講評で言ったことがハラスメントに当たるようなことだったとしても、君のためを思ってとか、表現の世界ではこういうものだからとか、『表現』という言葉が都合よく使われて、正当化されてしまう。言われた側もそうなんだと思ってしまう。その結果どうなるかというと、大学に来なくなってしまう人もいるんです」