指導や演出の名の下に多発するハラスメントーー美術業界の体質に一石を、女性作家たちの挑戦
もう美術はやれないのかな
これからもっともっとたくさん絵を描こう。そう思って入学した矢先に被害にあい、絵を描くのが苦しくなった。 「その人がいる場所にはいたくない、じゃあもう美術はやれないのかな、死にたいという気持ちになりました。でも、事件のせいで生活が変わってしまった、とはなりたくなかった。ふつうの生活を送るために大学に行く、みたいな感じになっていました。そのころは、事件のことを直接的に人に語ることはできませんでした」 あるとき、美術館に展覧会を見に行くと、偶然その男性がいた。それ以来、美術館に行けなくなった。似た人を見ただけで気分が悪くなり、その日の予定がこなせなくなることもあった。不眠にも悩まされた。神谷さんは、すでに「ふつうの生活」が送れなくなっていることに気づき、PTSDの治療を受ける。事件から3年後のことだ。
治療によってようやく自分の経験と向き合えるようになったが、「うまく人に話せない」という感覚は消えなかった。どこからか噂が広まって「あの子メンヘラだからねって言われてたよ」とも聞いた。 「とにかく疑われるんですよね。性暴力の被害者は、『ほんとうのことなのかな』とか『この人も悪かったんじゃないか』とかって、常にジャッジする視線にさらされているんです。かわいそうとか弱々しいとか、いわゆる被害者像から離れた行動をとると、『やっぱ嘘なんじゃないの』と思われたりもします。そういうまなざしによって、自分の言葉がうまくつむげない感じがありました」
「表現」という言葉が都合よく使われている
2017年以降のMeTooムーブメントの流れを受けて、美術業界でも少しずつ性暴力やセクハラ被害を告発する声が上がるようになっているが、実態をつかむのは難しい。神谷さんのように警察に被害届を出すのはレアケースだ。 昨年、有志による団体「表現の現場調査団」が立ち上がった。メンバーはアーティストやライターら十数人で、美術だけでなく、写真、映像、文芸、報道、演劇、漫画、ゲームなど「表現」にかかわるすべてのジャンルを対象に、ハラスメント被害の実態を調査し、ハラスメントの起きにくい社会へと改善することを目的とする。 「表現の現場調査団」は昨年12月から今年1月にかけて、SNSを通じてアンケート調査を行った。スノーボールサンプリング(調査対象者のネットワークを介して調査対象者を抽出していく方法)のため、全体の傾向を忠実に表すわけではないが、回答した1449人のうち約8割がなんらかのハラスメントを受けた経験を持っていた。中には、深刻な性暴力被害の告白もあった。(出典:https://www.hyogen-genba.com/surveys/)