指導や演出の名の下に多発するハラスメントーー美術業界の体質に一石を、女性作家たちの挑戦
映像に顔は映らないが、オレンジのマニキュアの女性は神谷さんだ。 神谷さんは美大1年のとき、美術業界で働く年上の男性に性的行為を強要された。19歳の神谷さんはその人のことを、展示の相談にのってくれる親切な人だと思っていた。ある日、展示に使えそうな資料があると言われ、男性の自宅に同行した。 「いちばん苦しかったのは、自分が被害にあっているときに強く抵抗ができなくて、そんなことをしてもお互いにいいことがないですよとか、やめましょうよって笑いながら言ったりすることしかできなくて、そういう自分の対応に自己嫌悪があって。それがすごくつらかったです」 その日の夜、警察へ行って被害を訴えた。参考人として取り調べを受け、その後実況見分に立ち会った。人形を相手にできごとを再現する男性の警察官がはずかしそうにしていたことを覚えている。 「担当の刑事さんはよくしてくれて今でも感謝しています。でも、実況見分は証拠として必要なんだろうけど、とてもつらくて。つらすぎてむしろ笑えてくるみたいな、あべこべな感情でした」
事件を検察官に送る前、女性の警察官に「起訴されたら絶対に裁判をやらなきゃいけない。(性犯罪の裁判は)非常にきついが大丈夫か」と念押しされた。 「大丈夫かどうかなんてわからないけど、ここで告訴しないのは嫌だから告訴しますみたいな感じで、(告訴状を)出すことに決めました」(注:当時は強制わいせつ罪や強姦罪などの性犯罪は親告罪。2017年の刑法改正で非親告罪になった) 被害届を出したのも、「この人を野放しにしておくことで同じように被害にあう人がいる」と思ったからだ。大学にも、加害者の名前とともに被害を届け出た。教員が5美大(都内にある主だった私立の美術大学)に注意喚起を通達してくれた。 結局、その男性は嫌疑不十分で不起訴になった。民事訴訟も考えたが、これ以上大学生活に差し障りが出てはいけないと思い、見送った。