京都みやげから、肌ケアブランドとして認知度向上を目指す「よーじや」の挑戦
創業120年の歴史がある「よーじやグループ」は、舞台化粧道具の販売から始まった。花街があり、歌舞伎が盛んだった京都という土地柄、舞台化粧の道具は広く愛され、多くの人の生活に根付いた。同社の代表的な商品でもあるあぶらとり紙も、舞台役者の声から誕生し、長く愛される商品となった。 京都のおみやげとしてのイメージが強い同社だが、現在は「脱観光依存」を目指したブランド作りを進めている。今回は、同社で代表取締役を務める國枝昂さんと、広報を務める中江珠々さんに、同社のあゆみや肌ケアブランドとして取り組んでいることなどについて、お話を伺った。
あぶらとり紙のブームをきっかけに、観光事業が拡大
ー御社創業の背景を教えてください。 中江: 「弊社はもともと舞台化粧道具の行商をしていたのですが、1904年に三条御幸町下ルで『國枝商店』という店を構えました。当時、舞台化粧道具の商いは京都では広く愛されていて。やがて、京都の中でも一番の繁華街である新京極に店舗を移転するに至りました。 大正初期には口腔衛生が注目され始めたため、初代・國枝茂夫が歯ブラシの商いに力を入れるようになりました。その頃、歯ブラシは『楊枝(ようじ)』と呼ばれており、弊社も『楊枝屋さん』と呼ばれるようになったそうです。 この愛称が広く人々に親しまれたことから、店名を『よーじや』に変更したと聞いています」 ー創業当初から現在まで、商品作りに関して受け継がれている思いはありますか? 中江: 「品質の良い商品展開をすることです。創業当初は、他社から仕入れた商品を販売している時期もあったようですが、セレクトする際にも商品の品質を大切にしていたそうです。 現在もその思いを受け継ぎ、品質の良さを追求したアイテムの開発・販売を大切にしています」 ーお客様の声も商品開発の際に取り入れていると伺いました。どのように調査されているのでしょうか? 中江: 「現在は、各店舗にいるスタッフが集めたお客様の声を、企画開発部に集約する体制をとっています。『こういった商品が欲しい』というお客様の直接的なニーズはもちろん、そのお客様の声を踏まえた店舗スタッフの意見も聞いています。 お客様の声も店舗スタッフの声も貴重なものとして受け止め、企画や商品開発に生かしています」