大企業の経常利益「4年で2倍」、日本版“強欲資本主義”の実態を法人企業統計で解き明かす
では、なぜ大企業の粗利益が増えたのか? 長期的に見れば、粗利益を増大させる基本的な要因は、技術進歩と資本装備率の上昇だ。ただし、ここで見ているのは数年間という短期間なので、これらが大きく変化したとは考えられない。 大企業でここ数年のうちに粗利益が大きく増えたのは、インフレーションの中で原価の上昇分を販売価格に転嫁したからだ。これは、取引における立場が強いためにできたことだ。 それに対して中小零細企業では、原価の上昇に見合うだけ販売価格を引きあげられなかった。これは取引での立場が弱いためだ。 賃金の原資になっているのは粗利益だ(注2)。大企業では、これが図表2に見るように顕著に増えたことが、賃金を増加させたのだろう。 まとめれば次の通りだ。大企業は取引上、強い立場にあるため、従業員一人あたりの粗利益を増加させ、賃金を引き上げたのだ。 ● 労働分配率は規模にかかわらず低下 大企業は39.2%、中小零細は53.4% 「賃金の原資は粗利益だ」と述べたが、粗利益は企業利益にも分配される。では、分配率はどのように変化しただろうか? それを知るために、粗利益に対する人件費の比率(これを「労働分配率」と呼ぶことにする)を見ると、図表3のような結果だ。 2020年以降の推移を見ると、どの範疇でも低下している。18年1~3月月期と24年1~3月期を比べると、大企業は43.1%から39.2%に、全規模では52.7%から48.1%に、中小零細企業では59.8%から53.4%に、それぞれ低下している。 20年1~3月期と24年1~3月期を比べても、どの範疇でも低下している。 ● 経常利益、大企業は1.94倍 価格引き上げ、消費者の負担で利益増大 以上で見たように、労働分配率が低下しているので、企業の利益は粗利益の動向によらず増加した可能性が高い。大企業と全規模では、粗利益が増加して労働分配率が低下しているのだから、企業の利益は著しく増えたはずだ。 実際、法人企業統計調査のデータで2000年の1~3月期と24年の1~3月期の経常利益を比べると、全規模では1.72倍、零細企業では1.45倍、そして大企業では1.94倍になっている。 ヨーロッパ諸国では、インフレの中で企業利益が増大したことが「強欲インフレ」「強欲資本主義」だとして非難された。 日本でも同じことが言える。特に大企業と全規模では、従業員1人当たり粗利益が増加しており、これは売上げ価格引上げによる面が大きいので、消費者の負担で企業利益を増やしたと言うことができる。 今年の春闘以来、賃金の上昇が顕著だと言われる。賃金の引上げが売上げ価格に転嫁されれば、「消費者の負担による賃上げ」が行なわれることになる。これは決して望ましいことではない。 賃金の動向だけを見るのでなく、いかなるメカニズムで賃上げが可能になっているかを見ることが重要だ。 (注1)「人件費」は四半期当たりの支払い額であるから、ここでいう「賃金」は従業員1人当たり、四半期当たりの支払い額である。 (注2)正確に言うと、法人企業統計調査においては、工場労働者などに対する賃金の一部が「原価」に含まれている。ここで「賃金」というのは、それら以外の賃金だ。 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
野口悠紀雄