世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.114「佐々木歩夢くんへの妨害走行はカピロッシよりも悪質。でもね……」
突発的だったロリスと、計画的に見えたマシア
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第114回は、1998年の自身のシーズンに重なるとの声に回答します。 【写真】カタールGPでマシアの前を走る佐々木歩夢/最終戦で勝利した佐々木歩夢
世界選手権の場で行われた論外の行為
史上最長、3月24日~11月26日までをかけて全20戦が行われたモトGPも、バレンシアGPをもって無事に閉幕しました。何回かに分けて、シーズンを振り返りたいと思います。 今シーズンは負傷するライダーが非常に目立ちましたから、無事……とは言い切れないかもしれませんね。そして誰よりも無事とは言えないのは、惜しくもチャンピオンを逃したモト3クラスの佐々木歩夢くんかもしれません。 レオパード・レーシングのジャウマ・マシアとチャンピオン争いを繰り広げていた歩夢くんでしたが、第19戦カタールGP決勝で複数回にわたってマシアに押し出されてしまいました。 >>>一時はトップを走行した#71佐々木歩夢選手と、直後を走る#5ジャウマ・マシア選手。
ネットでは「’98年に原田哲也に突っ込んだロリス・カピロッシを思い出す」と言われていたようですが、正直なところロリスよりも悪質に感じました。というのは、今回のマシアの行為と、’98年にロリスが僕に突っ込んだのとでは、かなり差があるように思うからです。 ロリスは、どうしてもチャンピオンが欲しくてブレーキングを極端に遅らせた結果、止まり切れずに僕に突っ込んだ。今の僕はそう理解しています。あれは突発的な出来事であり、「あってはならない操縦ミス」だったのではないでしょうか。 しかしマシアの行為は、もっと計画的かつ意図的に見えます。歩夢くんへの接触はなかったようですが、それはつまり、「ぶつけないように調整しながら押し出した」ということで、もはや確信犯。「わざと」としか言いようがありません。だから僕はかなり悪質に感じました。 それに輪をかけてあり得ないのは、マシアのチームメイト、エイドリアン・フェルナンデスによる歩夢くんへの妨害行為です。これには本当に呆れ果てました。 僕はロリスが僕に突っ込んだことは許されるものではないと思っています。しかしその一方で、チャンピオンを獲るためにはあれぐらい強い気持ちが必要なことも、十分に分かっています。客観的に見れば、チャンピオン争いしている当事者同士なら、あれぐらいのことが起きてもおかしくない。 繰り返しになりますが、許されるべきことではない。でも、「チャンピオンを獲る」という強い気持ちが当事者同士の間でぶつかり合えば、時にああいうことも起こり得るのがレースなんです。 しかし、これはあくまでも当事者同士の話。だから僕は、マシアがやったことは断じてやってはいけないことだと思っていますが、当事者同士という点においてのみ、ほんのわずかだけ納得できなくはありません。 ところがフェルナンデスは、直接的な当事者ではないにも関わらず、歩夢くんに対してわざと遅く走って前に出させないという妨害行為を行った。これはまったくの論外です。本人に対してはもちろん、もしチームオーダーがあったとしたら、チームに対しても相当に厳しいペナルティを与えてしかるべきだと思います。 マシアの行為も、ましてやフェルナンデスの行為も、世界選手権の名を冠したスポーツとしてはまったくお恥ずかしいものであり、あれがテレビやネットなどのメディアで全世界に流されたのかと思うと、ゾッとします。 行為そのものも問題ですが、もっと大きな問題は彼らに対してペナルティが与えられないということです。あれが罰せられないということは、2輪レースをしている若いライダーたちが「あれでいいんだ」と思ってもいい、ということに他なりません。 健全なスポーツとして2輪レースを発展させようとするなら、その頂点であるGPの世界で起きた悪しき事態に対し、主催者側は断固とした措置を執るべきでしょう。 あまりこういうことは言いたくありませんが、もし日本人ライダーがマシアやフェルナンデスと同じことをやったら、即失格になったでしょう。残念ながら、ヨーロッパを中心にGPが回っていることは、今も間違いありません。 文化的な背景があることなので非常に難しいのですが、スポーツとしての健全性を保とうとするなら、いろいろ見直すべきだと思います。せめてもの救いは、ヨーロッパを含めた世界中のレースファンが、カタールGPでの出来事を正しく理解していることでしょうか。