両親が別言語で話す家庭の子どもが、必ずしもバイリンガルにならないのは<当たり前>だった…必要性のないものに努力できないのは「学校の勉強」と同じ
「子どもはラクラクとことばを覚えられてうらやましい」「幼い時から外国語に触れていたら、今頃はバイリンガルになれたのに…」。いずれも「ことばの学習」についてよく耳にする一言です。一方「赤ちゃん研究員」の力を借りて、人がことばを学ぶプロセスを明らかにしてきた東京大学の針生悦子先生は「赤ちゃんだってことばを覚えるのに苦労している」と断言します。その無垢な笑顔の裏で、実は必死にことばを学んでいた…あなたは信じられるでしょうか? 書籍『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』をもとにした本連載で、赤ちゃんのけなげな努力に迫ってまいりましょう。 【書影】赤ちゃんのけなげな努力に感動…『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』 * * * * * * * ◆子どもがバイリンガルにならない場合 両親がそれぞれ別の言語の母語話者で、子どもにはそれぞれの母語で話しかける場合、子どもがバイリンガルに育つこともあります。しかし、そうはならない場合も事実としてあるのです。 子どもが赤ちゃんのときであれば、環境はほぼ親がコントロールできるかもしれません。話しかける言語はもちろん、何を食べさせるか、どんな服を着せるか、部屋の温度はどのくらいに設定するか、なども含めてです。 しかし、家庭外の園や学校に行き始めれば、子どもにとっては、そこでの人間関係も大切になってきます。子どもの成長にともない、一日の起きている時間のなかで、そういった家庭外で過ごす時間は増えていきます。 たとえば父親が日本語の母語話者、母親が英語の母語話者で、日本に住んでいるという場合、地域の園や学校に行けば、そこでは誰もが日本語を使っています。そうなると園や学校に行く前には英語と日本語という2つの言語を聞き話していた子どもでも、生活のなかで日本語を使う時間がどんどん増えていくのです。
◆日本で暮らす国際結婚の家庭での会話 このように日本で暮らす国際結婚の家庭で調査を行っていた新田文輝さんは、そのような英語母語話者である母親と子どもとのあいだの次のような会話*1を記録しています。ちょうど新田さんが母親に英語でインタビューしていたところに、彼女の6歳の息子(ケン)が割り込んできて、始まった会話です。 子「アノ ベントウバコハ ヤメテヨ。ママ、アノ アノ ベントウバコハ ヤメテヨ」 母「ホワイ?」(どうして?) 子「ダッテ ミンナ ネ、ケンクン コレ スキナンダ トカイウカラ イヤダ」 母「(以下、英語で)じゃあ、もう一つのにしたら? あれ、前には大きすぎるって言ったじゃない。でも、好きなのを探してみたら? いいのが見つかったら持っていらっしゃい。それからね、ケン、お弁当箱ちゃんと包みから出して、流しまで持っていっておかなければダメよ」 子「イヤダ」 この子どものセリフのカタカナ表記は、この子がすべて日本語で話したことを表しています。 母親からは英語で話しかけられて育ってきたので、英語はわかっているようで、母親の言ったことに噛み合った受け答えをしています。しかし、日本語しか使っていません。 この調査では、調査対象になった家庭の子どもの3分の1が、家庭内で、母親が英語で話しかけても日本語で答えていました。そのような子どものなかにも、電話に出たりして必要になれば英語を話す子どもはいました。 ですから、英語で話しかける母親に日本語で答える子どものすべてが、英語が話せなかったわけでもなさそうです。
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