<高校野球物語2022春>/4 偉人の教え、考え抜く力 国学院久我山 イチローさん指導
国学院久我山(東京)のグラウンドに、選手を見守るように黒いバットが置かれていた。日米通算4367安打を放ったイチローさん(48)=本名・鈴木一朗=が贈ったものだ。野球界のレジェンドが残した一本のバットには、どんな思いが込められているのか。 センバツ出場が決まった1月28日、尾崎直輝監督(31)は贈られたバットについて語った。「国宝級の宝物なので普段の置き場所は秘密ですが、練習の際はバックネット裏のテーブルの上に出しています」。記念撮影では真ん中にいた主将の上田太陽(2年)がお守りのようにバットを握り、喜びを表した。 イチローさんは昨年11月に2日間、「臨時コーチ」として国学院久我山を訪れた。新型コロナウイルス感染拡大で思うように練習ができず、上田の1学年上の先輩がイチローさんに指導をお願いする手紙を出し、熱意が伝わって実現した。 黒いバットはイチローさんが臨時指導の打撃練習で実際に使ったもので、芯には球を打った跡が白く残る。イチローさんは打撃や走塁、守備の練習で自ら実践し、走る時の足のつき方や股関節の使い方、腕の振り方など細部まで指導した。その中で、選手の心に特に響いたのが野球への向き合い方だった。 3番打者の上田は昨秋の公式戦で、打率2割7分6厘と納得できる成績ではなかった。悩みがちな性格で、周りの目を気にして打撃不振になる悪循環に陥った。だから、指導1日目にイチローさんに打ち明けた。「結果が出ない時に悩んでしまいます」 イチローさんはすぐにこう答えた。「(進学校の)久我山の選手は頭がいいから考える。でも、それでいいんだよ。それをどう越えていくか。苦しいから開き直れというのは嫌で、考えてほしい。野球は本来は考えるスポーツ。考えて苦しんだ上で、結果を出すことでしか前に進めない」 その助言は、上田の心に響いた。「駄目なら開き直るしかないと思ってしまう自分がいた。でも、悩んで、考えてやらなければ成長はないと思えるようになった。イチローさんは自分からしたら神様のような存在。そんな方でも自分たちと同じように悩み、苦しんだ人生があることを感じた。親近感というか、自分たちにも取り入れられるんじゃないかと思えた」 ◇黒いバット見守る イチローさんは日本人野手初の大リーガーで、10年連続200安打以上など前人未到の記録を残した。一方で、文化や環境が違う海外に身を置き、期待や重圧と無縁でなかったことは想像に難くない。その中で自身で答えを見つけてきたからこそ、高校生には響くものがあった。 上田ら選手たちは1日目に教わったことを実践し、うまくいかなければ2日目にイチローさんに質問するため、行列を作った。尾崎監督は「教わったものが形になるように、すぐに質問しにいく光景がいいなあと思った。野球にきっちり向き合えば結果につながるんだと、選手も思ったのではないか」と目を細める。 イチローさんが黒いバットを残したのは臨時指導の記念でなく、二つの意味があった。一つは緊張感の持続。「これ(バット)があれば、常に私(イチローさん)に見られていると思うでしょう」というメッセージだ。もう一つは意識の継続。バットがあれば「私が教えたことを忘れないでしょう」という思いが込められている。 春が近づいた2月下旬。グラウンドには、練習中に自ら答えを探そうとする上田がいた。「打席の中で『打たなきゃいけない』と思えば思うほど打ち気に走り、低めの変化球に手を出していたことに気づいた。そういう時こそ冷静に野球を見るというか、バッテリーの配球を読む意識が大切だと感じた」。イチローさんの助言を受けて、考え抜いた末の結論だ。 上田は「イチローさんから教わったことを力にして、甲子園で体現できるように頑張りたい」と力を込める。黒いバットはいつも、国学院久我山の選手たちの成長を見守っている。【浅妻博之】=つづく